Tシャツとパンツのままで20分
昨日の夕方、デイサービスから戻ってきた父に、母の現状を報告した。
来週退院するが、入院した時よりも具合は悪いこと。もう病院では手の施しようがないこと。おそらく寝たきりに近い状態になること。ゴールは見えてしまっていること。
父は涙ぐみながらおれの報告を聞いていたようだ。ようだ、という当事者ではないような表現をしている理由は、顔を見ることができなかったからである。
多分、おれの精神がもっと強く、性格がもっと優しければ報告する必要はなかった。色々こらえきれないから父にも重荷を背負わせることになったのだ。
一度自分の部屋に戻り、深呼吸をする。
嘆いたところで現状は変わらない。
なので、むりやり前向きに考えてみる。
普通の人は、いつ亡くなるかわからない。けど母の場合は違う。ゴールは見えているから、そこに向かって悔いのないように頑張ればいいのだ。限られた時間の中、全力で孝行すればいい。できることはそれしかない。
仕事から戻って来た兄に報告をした。寒いだろうに、Tシャツとパンツでしばらく黙って話を聞き、長い沈黙の後、ぼそりとこぼした。
「やるしか、ねえな」
限られた時間を精一杯頑張る、というおれと同じ考えに至ったようだ。若干申し訳無さを感じつつも、おれは「実はまだ話はあるのだが」と重大な案件をあとから付け加えた。
「どうも要介護度数が5になるらしい」
「どういうことだ?」
「現状、ほぼ寝たきりということ。回復の見込みがないので」
「マジか先に言え。じゃあクソは」
「残念ながら、ベッドの上で処理することになります」
兄は深い溜め息をついた。
何度かそういう事態に陥ったが、一度もうまく処理できたことがない。なので病院に教わりに行くのだ。その約束は昼間、看護師さんとした。
「なのでおれがやるから大丈夫。それともう一つ」
「まだあんのか!」
「別に今でなくてもいいんだけど、早めに終わらせたい。おばさんに報告するかどうか。お母さんの友人にはどうするかという問題」
おばさん、母の姉も体調が悪い。悪いながらもいつも気遣って電話をくれる。報告しないのもどうかと思うし、報告するのも難しい。
また、しばしばかかってくる友人たちにはどうしたらいいか。
「おばさんはともかくとして、他の人はお前に任せる」
兄はほぼ丸投げした。そこらへんは適当にやるしかないだろう。聞かれたら答えるし、聞かれなかったら何も言わない。おばさんへの報告は非常に難しいので後回しにする。
「で、最後に」
「まだあんのかよ……」
「まだあんだよ。退院日をいつにするか。これはおれの一存では決められない。あんたの仕事の都合もあるだろう」
カレンダーを確認しながら兄は「火曜日か水曜日なら」と言った。その日からが本番だ。がんばろう。
その前に、病院に先割れスプーンと手紙を届けなければ。それからベッドの上でのうんこ掃除練習だ。
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