じゃあコロナーと呼ぶんですか
10月19日、月曜日。曇り。寒さは続いている。雨になるらしい。
だいたい2日に一度、母に手紙を書いているが、3通目にして完全にネタが切れた。
病人に送る手紙のネタといえば、フライパンを新しく買いましたとか新発売のアイスを買っておきました、といった地方新聞のほのぼのニュースを彷彿とさせるような差し障りのないものばかりになるが、そのような事柄に恵まれているわけではない。むしろ飢えている。
差し障りがあるものなら用意ができる。まずはこの日記の存在である。手紙の書き出しとしてはこんな感じになるのだろうか。
「お母さんに黙って『うんこ漏らしたの掃除した』とか『救急車に5回乗った』とか病状の詳細を書いて公開している日記が、こないだジャンルのランキングで5位になりました。やりました。
ですがその後はすごい勢いで転げ落ちていきました。
多分病院から電話がくる。母からではなく、病院からお叱りの連絡が来る。
「あのね、そういうのはね、ちょっと考えたら分かると思うんだけどね、公表するのはどうかなと、普通、フツーの人はね、考えてからやめると思うのね」
とかわいそうなものに話しかける感じで説教される気がする。
どう考えても悪いのはおれなので、電話口で土下座しながら黙って全て受け止める所存であるが、残念ながらバカにも伝わるように簡単な言葉のみで構成されたその説教すらも早ければ当日、遅くても翌日には日記に書かれて公表されることになる。
そして、手紙で母に報告するのに差し障りがありそうなネタが、つい今しがた入荷された。あるところからの電話が熱めの火種を巻き散らかしてくれたのである。
この「あるところ」という歯切れの悪いものの言い方から、セールスとかそういった類のものを指すのではなく、名前を出すことに抵抗があるんだろうな、という意思を察していただけると助かる。おれにも常識というのが一応備わっているんだというアピールでもある。
もろもろすっ飛ばして、相手のセリフから始める。
「おまえ今、ケアラーなのか?」
この問答は今年に入って何度か体験したが、一度もうまく切り替えせたことがない。
「ちがい、ますが。ていうかケアラーってなんですか」
苛立ちを隠しきれずにおれはやっとの思いでそう答えた。否定してから言葉の意味を問うているあたり、動揺が隠しきれないことが見え見えである。なんでこんな人をバカにした言葉が一般名詞扱いになっているのか分からない。浸透する言葉であってはならないのだ。
「けど両親の介護しているんだろう」
「昔はケアラーなんてたわけた呼び方してませんでしたよね」
「今はそう呼ぶんだよ」
「いや、それはないですね。テレビが勝手に言ってるだけでしょう」
「なんでそんなに抵抗するのかわからんが」
「不快極まりないんですよ、そのふざけきった呼び名は」
ちょっと口答えしづらい、というかできればあまり関わりたくない人との会話なので長引かせたくはないが、カチンと来てしまったのだから仕方がない。
「なら伺いますが」
これで会話を一旦まとめ、あとは電話がかかってきたのですいませんとか言って逃げるつもりでおれは質問をした。
「あなたは、コロナウイルスにかかった人のことを『コロナー』と呼びますか」
「言うわけねえだろ! そんなの世間が許さないぞ」
「ケアラーも同じようなもんです。おっと電話が。すみません」
「また後で電話するわ」
「いやちょっと色々ありますのでこちらから。失礼します」
もちろん電話はしない。めんどくせー相手に積極的に関わる趣味はねーのである。
おれからしてみると、ケアラーという言葉は明らかに介護者をちゃかしているように聴こえてしまう。もう少し言うと、笑われている気になる。
先程言ったようにコロナにかかってしまった人の事をコロナー呼ばわりできるかというとそんなことはできない。多分思っても口にしない。テレビでそんなこと言い出したら苦情どころでは済まないはずだ。テレビを作っている人のたいがいは自分が賢いと思ってるバカなので、誰をバカにしていいかのみをその優秀な頭脳とやらで冷静に見極めている。
特に現場! 昔、とある取材現場でテレビカメラ抱えたバカが「取材してやらねーぞ!」と大声を上げていた。おれを含めた他のプレスが静かに従っているのにである。多分こういう攻撃性の強いバカは下請けという立場を忘れて「自分がテレビ局」だと勘違いしている。
まあテレビの文句はどうでもいい。
ケアラーという言葉をテレビが言い出したのか誰が言い出したのかは分からないが、なんとなくそれを考えた人は介護に縁がない人のような気がする。見当違いかもしれないが、おれはそのように感じたのでそのまま書いている。
「介護している奴程度なら世の中に影響ないし、ふざけてこう呼んでもいいだろう」といった意図すら感じるのだ。本当に何の意味もない流行語大賞とやらにノミネートされれば考えた奴らは万々歳といったところか。
といった具合にケアラーという言葉一つで急激にいきり立ちバカだなんだと連呼して手紙の2枚や3枚は書けてしまうのである。
だがこれを母に伝えることができるかというと、非常に難しい。手紙の途中から激怒しまくることが分かりきっているからである。病人への手紙で激怒してるって、そんな面白い話、聞いたことがない。
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