母への手紙と認知症
病院にいる母へ手紙を書いた。一応スマートフォンを渡してある。だが電話にも出られない、メールの確認もできないので手紙でしかこちらの情報を送れないのだ。
電話に出られないのは指が動かないからである。そしてメールの確認ができないのはメールの確認の方法を忘れてしまったからである。
どうやらてんかんの大発作が起きると、いろいろなことが記憶から抜け落ちてしまうようだ。医療従事者ではないので確実なことは言えないが、母の場合はそうなっている。7月の大発作以降、メールの使い方はすっぱりと忘れてしまい、再び覚えることもできなかった。
手紙には、母が発作を起こした時のこと、退院後はリハビリ病院などに転院せず家で療養すること、今後ショートステイの利用は考えていないこと、そして父の状態などを記した。
自分では発作が起きた時のことは全く覚えていないので、他から見るとこんな状態だったんだよ、というのを知らせておきたかったのがまず一つ。
次の退院後、自宅で療養させるという計画は兄と決めた。もう後悔がないように家でがんばろうという話に落ち着いたのだ。おれも兄も決して口には出さないが、近いうちに訪れるであろう最期の時まで全力でフォローするつもりでいる。ここは退けない。ここから退いたら一生自分を責めることになる。
そこから話をつなげて、ショートステイにはもう頼らないことにした。外泊するとしたら再びの入院の時だけだ。
最後に、父の状態。
最後に記したのは結構どうでもいいからである。コピペして内容を掲載する。
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また新聞の切り抜きを渡されました。お母さんが入院してから3回目の依頼です。今回は認知症に関する本です。
「こうすれば認知症は治る!」みたいなタイトルの本が、彼のダンボール箱に累計6冊あるんですが、これはウケを狙っているのではなく、認知症がモリモリと進行しているのだと思われます。
血糖値を測る回数が朝だけになりました。正直に訪問看護師に「めんどくせえんです」と伝えたところ、先生からの了承を得ることができました。
それ以外は静かにご飯とか食べて、テレビとかをいつも通り無表情で見てます。
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そう、認知症に関わる同じようなタイトルの本が6冊はあるのだ。発見した時は乾ききった笑いが出た。いずれも読み切ったはずなので、それらの本の効能は全くないことが証明されてしまった。
そもそもぶっ壊れた脳細胞が本読んで治るとは思えないが、治るタイプの認知症もあるらしい。だが父の場合は治るものではないようだ。
もともと認知症に関しては諦めている。というか歯向かってどうにかなるものではないのではないだろうか。あれはもう、天災のようなものだ。
おれが小学生の時に亡くなった父方の祖母もやはりバリバリにパワフルでエネルギッシュかつアトミックな認知症だった。確かその頃はまだ認知症という言葉は一般的でなく、普通に老人ボケと呼んでいた気がする。
祖母は、まだ子供だったおれのことを魚屋さんと勘違いし続け、魚がないと分かると激怒していた。正面から覗き込んだ時の虚ろな目は、まだ脳裏に焼き付いている。
幸いなことに、祖母と父は血がつながっていない。なので桑原家が認知症の家系とは一概に言い切れない。可能性がある。だといいなと思う。
手紙の最後に、追伸として、母が先月末に頼んだ北海道のお菓子が送られてきたことを書いておいた。こういう些細なことも家に帰る為の希望になれば、と思ったのだ。しかし賞味期限がある。
これに関しては仕方ないので、次のように書いておいた。
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お母さんが注文していた北海道のお菓子が届きました。賞味期限が短いので適当に食べています。早いうちに退院しないと全滅しているかもしれません。
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こんな一言で「早く帰らないと!」となったら儲けものなのだ。
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