散弾銃とフルフェイスマスクを買いに

 16時45分を20分過ぎた。父がデイサービスから戻ってこない。


 昨日の夕方16時前、デイから電話があり「16時45分くらいのお戻りになります」との連絡があった。それまでは料理をしたり日記を書いたりすることができる。おれにとって大切な時間なのだ。


 16時30分、左腕のアップルウォッチ様がお震えになられた。電話だ。画面には見知らぬ番号が表示されている。もしかしたら母が入院している病院からかもしれない。

 名前を告げず「はい」と出ると、やたら元気な女の声が響いた。


「桑原さまの携帯でよろしかったですか」

「セールスですか」

「こちら、先日東京都に……」

「セールスですかと聞いてるんですが」

「日本国籍をお持ちで働いている方を対象に」

「ご要件は」

「マンションを」

「いりません」


 何か受話器から声が聴こえたが無視。というか働いている方を対象に、ときた。おれの今の立場は「無職と言えなくもないが一応仕事はある」。確定申告しなくていい程度の低いひっくい稼ぎしかないので、誰かが無職といえば無職だろうし、収入があるから完全な無職とはいえない。


 なんでこんなペンネームになっているかというと、『無職』と付くと強烈すぎる印象を与えるからである。その為『無色』と逃げているが意味合い的には『無食』の方が近い。

 だが無食だと無銭飲食の常習者のようだ。よってかっこいいと思った無色にしたのだが、改めて見るとダサさがこんもりとそびえ立っている。


 16時45分。そろそろ着く頃かと表に出る。すると再びアップルウォッチ様が入電をお知らせくださった。またも画面には見知らぬ番号。先程の事情により電話に出ると


「こちら株式会社〇〇と申しまして」

「マンションですか」

「こちら古都京都から失礼しており」

「マンション?」

「はい、日本人で働いている方を」

「いりません」


 またも受話器から断末魔が聴こえたが無視。なんとなれば「ここまで個人情報が漏れているとなると、あなた私のペンネーム知ってるんじゃないんですか」と詰めたくなる。無意味に世紀末的な表現をするならば散弾銃を突きつけつつ「おれの名前を言ってみろ」と恫喝する行為がこれに該当する。


 17時10分。またも入電。軽く苛立ちながら出ると、デイからの電話だった。道が混んでいてすみません、まもなく着きますすみませんと平謝りだった。もしかしたらおれの苛立った声がそうしてしまったかと思い反省。


 数分後、スピード上げ気味にやってきたハイエースから左腕を抱えられた父が降りてきた。おれの顔を見た第一声は


「遅い!」


 だった。おれに言ってどうする。

 靴を脱がせている最中、しきりと道の混雑を罵っていたが、ふと思い出したかのように話題を変えてきた。


「病院から電話あったか?」

「ない」

「電話したらまずいのか?」


 そう言った父の後頭部をまじまじと見つめた。


 ここ数ヶ月で気づいたことなのだが、母がいない時の方が精神的に活発なように映る。色んな考え方があるが、こういう時は思ったよりも単純で幼稚な理由がある気がするのだ。

 もしかしたら、より大変な状況の母が家にいることにより、自分が軽んじられることに対する不安を抱えているのではないか、という推測が頭をかすめる。

 実際母の面倒はおれがつきっきりで看ていたが、父の方はそれほど気にしていない。そのことに対する不満があったのではないか。良くない方に考えるとそうなる。

 母のことが心配だから「自分ががんばろう」という気になっているのではない。日頃の母に対する態度がそれを表している。何かを注意されても基本的には無視。言われ続けて感情的になると


「お前なんか病院に行って帰ってくるな!」


 と何度も繰り返す。照れ隠しとかいった取るに足らない感情は不要。大事なのは言葉である。言われたほうの気持ちである。


 父は洗面所に向かいながら、おれに言葉を投げかけた。


「お前を雇ってくれるところ、聞いてやろうか?」


 いや、家を出ていいならそれでもいいけど、あなたが左半身不随になったから実家に戻ってきたんだけど。

 色々言いたいことはあるが、今はこれに尽きる。


「おれの名前(ペンネーム)を言ってみろ」


 近所のホームセンターに散弾銃とフルフェイスマスクを買いに行くかな……。

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