約束でなく引き伸ばしと言うのでは
10月13日、火曜日。早朝6時。母の介護ベッドの回収日だった。
大変重たく、色んな所がカパッと開いたりグイーンと伸びたりする上、運び手を刺す気満々の謎のでっぱりが「捨てるな」とアピールする骨組みを、2階からなんとか玄関先まで下ろし、1枚500円のゴミ捨てシールを5枚貼った。
引取に来る時間は不明。電話では8時から16時の間に伺いますと言っていた。「その日のうちには多分取りに行ってやるから黙って待ってろ」ということだ。つまり不明である。めんどくささを隠そうともしていない。というかきちんと約束を守る気があるのだろうか。
「守る気がない約束」で思い出されるエピソードがある。弥勒菩薩は56億7千万年後に次のブッダ(超エラい人)になることが約束されているというが、ここにも約束した側の「いつかそのうちブッダにしてやるから黙って待ってろ、いつかそのうちな、多分」というめんどくさそうな意識が顕著に現れている。多分この約束は一方的になかったことにされるはず。というかブッダにさせる気がない。
現実の30分後、6時30分。ダンボール2箱分の文庫本を捨てに、30メートル先の集積場へ。ここに行くまでに、二組のご近所さんに会った。おはようございますと挨拶した後、なにか言われる前に
「先週は早朝に救急車を呼んですみませんでした」
と先手を打つ。お母さんは大丈夫なんですかと聞かれたので、笑顔で正直に返した。
「わかりません」
今のご時世、お見舞いでは病院に行きづらいんですよ、と世間話にちょうどいい塩梅の影を落としつつ、ご近所さんの体調を伺う。
こっちは悪くはないけど、そっちのお母さんどうなの、大丈夫なのと聞かれたので、再び笑顔で正直に返した。
「大腸ガンが脳に転移して脳腫瘍になってしまいました」
「え」
「なので、いつてんかんが起きるかわからないんです」
当初は病状をひた隠しにしていたが、ここまで近隣に迷惑をかけている手前、明らかにしておいた方がいいだろうと思ったのだ。なぜ笑いながら話しているかというと、内容がとびきりヘビーなのでその中和狙いである。だがおそらく逆効果。精神に異常をきたしたと思われても仕方がない。
そして想像通り、正直に話すと受け手は固まる。相手からしてみれば軽いキャッチボールのはずだったのに、いきなりうりゃあと雄叫び上げつつ顔真っ赤にして全力投球してきやがったといったところだろう。病状の報告というのはさじ加減が難しいのだ。
家に戻りしばらく経ち、8時30分。父のケツを拭いている時にデイサービスから電話が。9時20分に伺いますとのこと。どうも今日はいろんなことがぶつかるようだ。それでも父が家から出れば、しばらく気を抜くことができる。
準備がめんどくさい、食事のカロリーが高い、など様々な不満を持つ人もいるようだが、なんだかんだ言ってデイが家族にもたらす恩恵は大きい。
住宅街の狭い道を器用にくねくね曲がりつつ、9時35分、時間ピッタリにデイのハイエースがやってきた。いつも10分程度遅れるので、これで時間ピッタリなのである。
血糖値を測る必要がなくなった旨を説明しながら父を座席に詰め込んでいる最中、ハイエースの奥からつつましげな軽トラのエンジン音が響いてきた。
別に今来ないでいいだろ、というタイミングでおれ宛の荷物が来たのだ。印刷会社からの宅配便だ。出来上がって先方に届けたのはこういうものですよ、という印刷物の見本である。本当に今は必要ない。届けてくれたのはありがたいが、見てお分かりのように今は立て込んでいる。
そして軽トラがバックで引き下がっていく逆方向、ハイエースの進行先にあたる狭い十字路から緑色の3トントラックの鼻っ面が覗いた瞬間、思わず笑い声が出た。粗大ゴミ回収車がこのタイミングでやって来たのだ。東映春の映画祭りよろしく、ゴジラエビラモスラが我が家の前に集結した。軽トラモスラは引き下がっていったが、本当にいろんなことがぶつかる日だ。
大混乱の中、思ったことはまず「困ったなあ、大変だなあ。誠に不本意であるが、これは日記のネタになってしまうなあ」。我ながらご立派な禁治産者である。
おそらく本日の午後、母の入院先から電話が来ると思われる。現状の説明と、例によって今後どうするかの打ち合わせの日程を決めるのだろう。大丈夫、なんとかなるはず。その連絡を今は弥勒菩薩のように静かに待つのみだ。
え、そんなに待つの? ていうか連絡来るの?
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