仏間の中心で便意を叫んだけだもの おかわり

 お待ちかね、便座の話である。

 ただの便座ではない。仏間に設置された「家具調トイレセレクトR 自動ラップ」、通称ポータブルトイレ『御便座オヴェンザ様』についての話だ。


 本体価格14万。これが福祉用品屋さんのご厚意により10万円に、そして介護保険によって2万円にまで価格が下がった高級品である。

 実は家に届けてもらってからというものの、一度も使っていない。


 本来は夜中にトイレの回数がやたら多くなる父の為に買ったものだ。母のトイレとぶつかることも多かったのである。我が家では深夜のこのトイレ争奪戦争をアルマゲドンと呼び、その勃発を深く深く恐れていた。

 父を廊下の手すりにつかまりながら立たせ、洗面器に放尿させたことも数回ある。この絵面をつげ義春タッチで再現すると、精神がガリガリ削られる名画になりうる可能性を秘めていると思う。


 排泄の介護はとても大変なこと。絶対についてまわるものではあるが、できればやりたくない。これは正直にそう言ってもいいと思う。誰だって自分や人のうんこなんか触りたくない。

 もしかしたら「いや、そんなことはない、介護に慣れて親のブツも自分のブツも別け隔てなく触れるし、むしろ直に触らないと介護ではない。そうならなくてはダメ」と思われる方もいるかもしれない。

 そういう人はすごいな、と思う。すごいなと思うだけでそれ以外の感想は出てこない。


 それはさておき、アルマゲドンが連発すると全てが嫌になり、己の精神が限界を迎えてしまう。だったらそうなる前にとポータブルトイレの購入に踏み切ったのだ。


 ここまでが前置き。同じようなタイトルの日記に確かこんなようなことは書いた。この前置きの間に何をしているかというと、仏間でパンツを脱ぐ為の精神統一をしているのである。


 トイレそのものが壁に囲われているわけではない。ただの仏間にポンと椅子のように置かれているのである。配置的に便座に座ると二柱の仏壇が目に飛び込んでくる。ここでパンツを脱いだ状態になれというのは、相当な精神的負荷がかかってくることはお分かりだろう。


 兄は仕事へ、父はデイサービスに。母は入院中だ。今、家の中で一人。印刷物の納品も完了したと報告があった。今のおれを邪魔する者はもういない。今日こそやるぞ。機械は使わなけば意味がないのだ。


「何遍も同じことばかり繰り返しやがって。いいからとっととひれ」と言われるかもしれない。我ながら踏ん切りが悪いという自覚はある。


 けれど、けれどであります。是非一度、誰もいない時を狙ってリビングでパンツを下ろして頂きたい。より刺激を欲するなら、電車の中でもエレベーターの中でも構わない。取調室でこの日記の存在を吐かないで頂ければそれでよろしい。


 仏壇ににらみをきかせつつ、心の中でご先祖様に手を合わせる。覚悟は決まった。



 〜ブツを出しブツに見られてブツをひる〜



 様々なブツに関わる辞世の句のようなものをブツブツとつぶやきながら、エイッとパンツを下ろした。そして便座に着席。ついに一歩踏み出した。誰の為の一歩かは分からないが、越えなくても良いラインを越えたという感覚はある。


 目が踊る。仏壇が視界を占めているからだ。上に視線を移すと遺影がある。下には何もない。ただ畳の目が規則的に並んでいるだけだ。よし、視線はここに決めた。



 けどここが限界だったのね。

 フツーに考えて仏壇の前でうんこはできないのね。

 家に誰もいないからといってトイレではないところでうんこをしたら、それはもう人間ではなくヒトという動物なのね。

 自由とか解放とか解脱とか叫びながら頑張ればできたかもしれないけど、そんな自由の無駄遣いは世の中に必要ないのね。多分仏壇の死角でご先祖様も泣いてるのね。


 パンツを上げ、一応、処理をする。有線リモコンのボタンを1秒押すと、大判プリンターのような音を立てながらフィルムが下方に吸い込まれていく。その直後、役目を果たした青いフィルムが足元に転がってきた。


 中には凝固剤が入っているだけである。当然匂いも何もしない。

 青い光沢を反射しているその青いフィルムが、まるで自分の魂のように感じられた。不確定な存在である魂が、御便座様という媒介を通して顕在化したのだ。それくらい気力を消耗した実験だった。うむ、もう二度とやらん。あくまで父専用ということにしよう。


 魂ってよりは尻子玉と呼んだ方が妥当なのかな。

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