大丈夫じゃねえからお願いしてるんだよ
母のショートステイが決まった。約一週間! これは、ド弩怒えらいことである。父のショートステイと日程を重ねたから、なんと! 夢にまで見た! 完全な! 休日が! すぐ目の前! 現れかけているノダ!!
ド弩怒えらいことというのは、母の病状との関係である。繰り返すが大腸ガンからの脳腫瘍。それによるてんかんの発作。ついでに糖尿病。受け入れる側としては非常にリスクの高い人物であろうことは想像がつく。もしおれが施設の担当者だとしたら受け入れない気がする。
先週の土曜日、母を受け入れてくれるかもしれない老人ホームの担当者のおばさんがやってきた。一通りの説明をし、様々な質問に答える。病状についてもしっかりと本人同意の上で申し述べた。同意といっても向こうは主治医からの診療情報提供書を持っているので、あくまで確認に過ぎない。
担当者は最後に目を伏せながらおれに言った。
「何日後かに会議を開きまして、その上でご利用可能かどうかをお伝えします」
「ということは、ダメな場合もあるんですね」
「それでも大丈夫ですか?」
「大丈夫ではないからお願いしているんですが、そう決まったら従うしかないんですよね?」
大丈夫ですかと聞かれたから素直に返答したつもりである。別に怒ってはいない。怒る理由がない。問いかけに対して問いかけで返したところでおばさんは帰っていった。
数時間後、おばさんから電話が来た。もしや会議が都合よく早まって結果が出たのか。だが。全く意識していない方角からおばさんは攻めてきたのだった。
「病状のことは、ご本人様はご承知ですか?」
「さっき本人とも話していたことですか?」
あなた、いましたよね。私もいましたよね。母もいましたよね。その中で病状についての話をしましたよね。それ以外の何かですか。
ここまでハードな言い方ではないが、少しだけ不安を感じつつおれは問い返した。
「いえ、ご本人が承知の上なら大丈夫です。ところで急に怒ったり叫ばれたりといったことはないですか?」
「先程も申し上げたように、認知症はないです」
あなたの方はどうなんですかという言葉を飲み込みながら答える。先程の話し合いの意味はどこに。
そして最後に、母の病状がからんだ際の対応について言ってきたのである。
「てんかんは今後も起きる可能性がありますね?」
「はい、先程申し上げましたように、先生からは『いつ起きるか分からないし、起こらないかもしれない』と言われています」
「もし発作が起きた時、深夜でも明け方でもご連絡差し上げますので、お出かけにならず24時間電話に出れるようにして頂きたいのですが大丈夫ですか?」
だいたいわかった。大丈夫ですかとあいまいな聞き方をしておいて言質を取るタイプだ。大丈夫ではないからお願いしているということをわかってもらいたい。追い詰められて疲れているから、軽い口調の「大丈夫ですか?」という依頼もしくは強制にこちらは強く反応してしまうのだ。
「大丈夫かどうかは分かりませんが、対応しなければならないことなので、何が何でも対応します。それでよろしいですか」
今まで対応してきたので問題ない。発作が起きたらその時はその時で、それに対して必要以上に構える必要はない。この一月で学んだ。
むしろおれがもう一度聞き返したいくらいだ。先程の話し合いの内容はどこへ消えたのですかと。
なんとなく電話は切られ、不安なまま数日が過ぎた。
先程電話があり、受け入れてもらえることが決定。安堵のため息を大きくついた時におばさんは話を切り替えた。
「台風が来てまして、場合によっては一旦キャンセルということになるんですが……」
「ああ、まあそうなるでしょうね」
「大丈夫ですか?」
軽く笑いながらおれは応じた。
「大丈夫なわけないじゃないですか。大丈夫ならお願いしてませんよ。そんな気軽に大丈夫だなんて言える状況じゃあないんです」
おばさん黙りこくり。おれは話を続ける。
「大丈夫でなくても、そう決まったなら従わざるを得ないので従います」
わざとらしく一旦呼吸を挟み、狙っていた言葉を投げつけた。
「それで大丈夫ですか?」
少しは効くかと思ったが、おばさんは全く声の調子を変えずに「大丈夫です」と言った。
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