我が舞を見よ

 今更ながらだが、朝食と夕食時の忙しさはなかなかのものだと自覚している。というか自慢してもいいですか。じゃあ自慢します。


 朝は3本の注射を討つ。父が2本、母が1本。

 注射を討つ。打つの誤変換ではない。左手の指の間に3本の注射を挟みこむことによりウルヴァリンに変化し、糖尿病という病を討つのだ。鬱になるよりはマシだろう。かっこいいと思っているのはおれだけだろうが。


 注射を討つのは最後である。まずは食事の準備、薬の仕分け、次に血糖値を測る。


 食事は朝の場合、基本食パン半分。そこにサラダやスープ類、日替わりの塩無しオムレツを焼いてつけるだけ。なんと言っても敵……じゃなかった両親は糖尿病。炭水化物の採り過ぎは禁物なのだ。


 父の薬は全て一袋にまとまっている。6種類くらいあってめんどくさかったのだが、「一包化」という超合理的手段により何も間違えることもなく楽チンそのもの。

 一包化というのは「朝はこの袋、昼はこの袋」と仕分けしてもらうこと。本来は「朝はこの薬が2錠、こっちが4錠」と個別にカウントする必要がある。非常にめんどくさい。時間短縮の為にも一包化は我々のような介護ものには必要な処置なのだ。

 ただし医者に処方箋を出してもらう時に「イッポーカー」「イッポーカー」とオウムみたいに連呼しておかないと薬局への指示を出してくれないので忘れずに絶叫しておきたい。


 これを忘れたので母の薬はどえらいことになっていたのだ。各食前と食後、特に朝は8種類13個、夜は7種類12個となっており、人間がいっぺんに飲める薬の記録更新にでも挑んでるのかと疑いたくなる。しかも各薬は飲ませる直前まで開けてはならないので、いつもドタバタする羽目になる。

 しかし、昨日の外来でついに「イッポーカー」の連呼に成功。処方箋の話になったのを見計らっておれはここぞとばかりにシャウトしたのだった。

 主治医は言った。


「じゃあ29日分のお薬を出しておきますね」

「イッポーカー!」


 おれは機械仕掛けの道具のように応えた。


「ああ、一包化ね。わかりました。他の診療科との一包化は難しいですけど」

「イッポーカー!! イッポーカー!!」

「じゃあ薬局にも相談してください」


 そして薬局へ。


「イッポーカー」

「え、他の診療科と混ぜ合わせると、病状が変化した時にめんどくさくなり」

「イッポーカー!!」

「一応先生にも確認とってみますね」


 これにより、全ての薬がまとまった。かなりの余裕が生まれるものと思われる。しばらくは残りの薬を使わなければならないのだけれど。


 次。血糖値を測る。道具は父と母で違う。これがまたややこしい。事態をさらにややこしくさせているのが、父の金看板「一級障害者」である。

 この金看板により注射にしろ往診代にしろ薬代に至るまでタダなのだ。そして血糖値を測るセンサーもタダなのだが、こいつの数が決められている。実数しか支給されないのだ。

 ミスをしたりして足りなくなったら自費で買うしかない。お値段、30本で5000円。1日3本使うので十日しかもたない。バカにしてんのかと言いたくなるほど高い。既得損益の匂いがぷんぷんしやがる。米国のアップルウォッチで血糖値が測れるようになっても、日本国内のものは計測できないようになっていると予想する。


 また、このセンサーが余っていてもダメ。数を報告するので余っていたら次の支給分が減る。非常にシビアである。「北斗の拳」の世界における水の扱いを彷彿とさせるものがある。もちろん数を偽って報告するという方法もあるのだが、それをやるにはおれの度胸が足りない。


 一つ前のすごくダメな全く使えない上にそのくせ自分の保身だけは一流の訪問看護師に「余っていたら少しでもいただけないですか」と相談したところ、


「患者さんは桑原さんだけじゃないんで」


 と返された。別に無理にもらおうと思ったわけでもないのにそんな言い方をされる理由がない。そいつが今はどこにいるのか知らんが、まあどうせ何やっても失敗していることだろう。


色々話がそれたが、要するに父と母で血ィバスッと出して血糖値を測る機械が違うのである。実にめんどくさい。


 これらのことを時にはトイレに連れていきながら、時には二人同時に相手にしながら続けるのである。リビングと台所、途中に設置された注射針等を捨てる瓶の間を回転しながら行き来する様は、醜い人間が下水道の中で汚いワルツを踊っているようにも見受けられとても見苦しい、いや美しい。なにせ左手はウルヴァリン状態である。インスリン注射は冷やしておくべきだが、大事なことはこの際美しさに踏み潰されるべきである。

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