鏡の前に汚いゴミがあった
「昨夜、コールボタンを4回押したけど、お前は降りてこなかった」
朝食を準備している最中、母が言って来た言葉がこれ。早い話がおれをなじっているのだ。実際昨晩は途中で起こされていない。久しぶりに6時間以上ぶっ続けで眠った。
この背景には介護
昨晩19時、兄帰宅。おれの顔を見るなり
「今日はお前寝てろ」
と言ってきた。
「なぜ」
「鏡見てこい」
言われるがままに鏡を覗き込むと、うわ、こ汚ねえ太ったおっさんがおるぞ。目ヤニつけてもうて口パッカア開けてもうて丸一日歯ァ磨いてなくてもう。もうやんけもう。なんやこのえげつないの何ゴミや、という状態の汚れきった人型の何かが私だったのである。兄が帰宅するなり放った言葉が「寝てろ」だったのもうなずける。
確かに忙しかった。めんどくさくなったので詳細は省くが、すごく大変だった。父が帰ってくることによりHPが減ることはわかり切っていたが、MPがここまでガリガリ削られるとは思っていなかった。HPはヒットポイントだけど、MPはマジックポイント? マインド? メンタル? 面倒見?
しょくぎょうで言えば自分は「MPのすくないまほうつかい」という一番使えないタイプであり、MPを削られたらただのでくのぼうにしかならない。戦士系にてんしょくしようと思ったが、うちの近所には神殿もハローワークもない。
迷った。何度も書くが、兄は運送業。夜の疲れが昼間に出たら命に関わる。自分の命だけならまだともかくとして、他人様を巻き込む恐れが十分に考えられる。だがその兄が「今日だけは寝てろ」と言う。言われるまでもなく自分の不調には気づいているが、どうしようもできない現状がある。
迷った末、離れたところでボタン押すとピンポーンと鳴るコンセント付きの本体を渡した。なんだこの子供のような説明は。ただ本当に迷ったことだけは声を大にして言っておく。決して「よし、これで酒が飲める」とか思ってない。ガブガブ飲んだが。ガブガブ飲んで気絶するように眠ってやったが。
一度も目を覚ますことなく6時間。久しぶりの熟睡だった。で、朝起きて食事の準備をしている時に母から言われた言葉が冒頭のものだったのである。
怒らないように日々努力はしている。なので怒らずに返した。
「すみませんと言えばいいですか」
「そんなことは言ってない」
「もしかしてですが、家にいるのが当たり前と思ってますか。普通はリハビリ病院ですが、こちらの苦労は考えませんか」
こういうことを笑いながら言えるようになったあたり、引きこもり介護生活の中でただ一点成長したところと言えるだろう。
父にしろ母にしろ、どうもおれが家で面倒を見るのは当たり前のことと思っている節がある。例えば二人とも血糖値を測らせる時はテレビ画面から目を離さない。指だけおれに差し出す。傍目から見れば「やらせてやってる」という態度を隠そうともしない。
その態度が次の言葉に現れている。
「いくつだった」
測定後、数値を表示した機械を目の前に差し出しているから確認しようと思えばできるはずなのだが、テレビに夢中でそれどころではないというお粗末な話。
しかし、何にも誰にも邪魔されずに眠るというのは実に大事なことですな。頭がスッキリしている。言ってみれば普通のことなんだけれど、この普通のことがどうしてもできなかった。これから週に一度は「眠っても良い日」を作る。なんとしても眠る。兄の負担を増やすことになるが、こればかりは仕方がない。
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