感情の乱れ

 退院直後からまた母の足がむくんできた。このむくみがまた厄介で、靴どころかズボンに足が入らなくなる。

 結局は運動しないからこうなるのだ。ふくらはぎのヒラメ筋を動かさないとこのむくみは解消されないと主治医からは言われている。入院中にむくみがなくなるのは点滴の効能らしいが、家でそれはできないので、とりあえず足踏みやスクワット等のリハビリに励んでもらうことにした。


 ベッドの柵につかまり、ゆっくりと腰を下ろす。下ろすと言っても5センチメートルほどだ。しんどそうだが心を鬼にして続けるしかない。


 そんなゆるいリハビリを行っている日曜の昼間、母の姉がやって来た。こいつは面倒なことになった。おばさんはすごくいい人で、母に大変甘いのだ。


「ちょっと、今は休ませてあげないと。まだ退院してから10日しか経ってないんだから」


 おばさんは、だいたいおれが想像していた通りの事を言った。


「いや、もう10日です。やらないとまた大変なことになるのです」

「はいこれ」


 ビニール袋に入った高級牛肉1キロをおれに差し出した。仕方がない。母の疲れもあるだろうから今日のリハビリはここまでにしよう。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 夜、未曾有の規模の台風10号が沖縄を襲っているというニュースが流れた。大変痛ましい。何もできることはないが、死者が出なければいいなと思いながらその画面を眺めていると、笑い声が聞こえた。

 母は、猛烈な風に襲われている大東島の様子を見ながら笑っていたのだ。


 9年前の3月。東日本大震災の津波により車が次々とさらわれていく映像を、母は笑いながら観ていた。そして


「ほらほら見てごらん」


 とおれに勧めた。その時は恐怖を感じながらも強く叱ったが、恐らくは20年くらい前にやったくも膜下出血のせいだろう。感情の表現を明らかに間違えていることがある。特に最近それが増えた。脳腫瘍との関係があるものかどうかはわからない。


 息子としては、できる限り優しい声で


「人の不幸を笑っていると、必ず自分に返ってくるよ。やめなさい」


 と注意する以外にない。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 なんか最近バタバタしていて物事がうまく進まない。仕事をしていても「こんなに下手だったっけ」と思うことがしばしば。やはり毎日使わないと能力は落ちる。とりあえず落ち着いたら牛肉を焼く。美味しくいただく。

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