退院後の療養生活

呼び方の問題なんですがアゲイン

「母がうんこ漏らした時は、どのような対応されてましたか? 家でうんこ漏らした時は風呂場で流していたんですが、教えてもらいたいです」


 先日の担当者会議でおれが発した言葉が、看護師たちに失笑をもたらした。理解はしている。理解しつつ大のおっさんが「うんこ」と多くの人の前で連呼しているのだ。

 本来ならば「大便」と呼称するところであるが、なぜ失笑を受けてまでうんこ呼びするかというと好きだからである間違えた。決して排泄物が好きなわけではない。大便を指す言葉の中では一番好きなものだからである。


 クソという言葉は大便を指す以外に侮蔑のニュアンスも含まれるが、転じて強調する際も多用される。火事場のクソ力などはその好例であり、言葉の意味はよくわからんがとにかくすごい自信を感じさせる。


 ただし、使い方を誤ると想像以上に品性の欠落を感じさせることがある。最近普通に使われる「クソ美味い」という言葉がそれだ。

 まずこの言葉はふざけて発せられるものか本当に強調したいだけなのかがわからない。美味しさを強調する場面で排泄物を頭に持ってくる感性に疑いを抱く。英語で言うFワードを意識しているのかもしれないが、クソという単語にあそこまでの多様性はないと感じる。

 とはいえ、この感想は初めて石垣島の海を見た時の第一声が「クソファンタスティックアンドファッキンビューティー」だった人間のたわごとなので、全く気に留めていただく必要はない。


 ではうんち。うんちはどうか。

 口にしてみる。するとまず先立つものは幼稚性である。一応念の為に言っておくが、口にしてみるというのはうんちを食べるという意味ではない。

 なぜに幼稚性を感じるのかはわからない。だが幼児向けの絵本などにおいて、排泄物は「うんち」と表記されていた記憶がある。

 40年以上前の記憶がうんちに関わるものってどうなのか。それ以外になんでもいいから重要なことはなかったのかと人生に対して悲観的になるが、すでにうんちっちぷりぷりな人生なのでこれ以上うんちの上乗せはないはずだ。


 上の一文で出た「うんちっちぷりぷり」。無意識に出たものであるが、うんちならではの可愛らしさが発揮されている。また一応念の為に報告しておくが、無意識に出たといっても無意識にケツからうんちが出てしまったわけではない。


 クソの話ならばクソッソとはならない。クソまみれとかクソだらけといった自虐的な意味合いが濃くなるだろうし、うんこならうんこブリブリという王道が用意されている。

 だがうんこには多面性が秘されており、うんこっこと呼称するコトにより可愛さルートへの進出も可能だ。クソ野郎といえばソリッドな悪口そのものだが、うんこ野郎だとクラスのひょうきん者、ユーモア道有段者をイメージさせる。


 このどこかユーモアを感じさせるあたりが、おれがうんこを愛する理由である。言葉が足りないので言い直す。病院の会議室の中、先生を含めた皆が真面目な顔で「大便」と言っているにも関わらず一人「うんこ」を守り続ける理由なのである。

 介護はきつい。昼も夜もないし、自分の食事ややることは後回しになる。疲れ果ててながら先々を考えると、どうしても暗い気持ちになってしまう。笑えることなどは起きないのだ。

 だからせめて自分が笑い者になることにより、母とその周辺の人たちが少しでも明るい雰囲気になればいいな、という考えでうんこうんこと連呼している。

 自分で言うのもなんだが、その考え自体は、はいはいご立派ご立派。その考えから導き出されたのがうんこでいいのかどうかはまあ、ともかくとして。


 なぜ今回こんなことを書いているかというと、母が戻ってきた初日、明け方5時20分にうんこを盛大に漏らしたからである。さらに先ほど、車椅子からベッドに移る際、立っていることができず顔からベッドに突っ込んだ。初日からこんなに大変だとは思わなかったが、まだまだ本番は始まったばかり。頑張ろう。


 最後に。

 成長性と可能性を感じる第4の呼び方にふんがある。米が異なると糞になる。考えた奴出て来い。

 この呼び方だと、うんこ呼びよりも更におれのゆううつを流してくれるような気がする、うんこだけに。

「糞か。仕方ねえけど片付けるか」といった感じで、現場作業員っぽい男らしさの演出もたやすい。けど誰かに聞かれたら、親をペットのように虐待してるのかと疑われる危険性も伴う。使いどころが難しい。

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