ステージIV

 訪問看護やケアマネージャー、福祉用品担当の人たちや病院の看護師を集めた担当者会議で、先生の説明が始まった。

 幸いなことにCT撮影の結果が良好だった。腹部から胸部までのガン転移はないそうだ。


「最近、桑原さん調子が良いんですよ。受け答えもはっきりしていますし」

「腫瘍は大きくなったり……してるんですか」


 恐る恐る尋ねたおれに、先生は快活に答える。もともと明るい先生なのだ。


「うーん、専門家にMRIの写真を見てもらわないと言い切れないんですが、腫瘍の大きさは変化なしですね」

「そのMRIの結果はいつ頃分かりますか?」

「今週中には」


 もしかしたら少しだけ良化の傾向が見受けられるかもしれない、との説明に少しだけ部屋の空気が緩んだ気がした。脳の腫れが引いていれば放射線治療を受けられる可能性が出てくるのだ。


「ただ、放射線治療の効果が薄い人もいます。もしかしたら桑原さんはそこに該当するかもしれません」


 それでも構わない。何しろ治療を受けなければ良くなることはないのだ。


 その直後、訪問リハビリの人間がやってきた。一通りの説明が既に終わったことを悟ったのか、単刀直入に「ステージは?」と先生に聞いた。


「ステージIV、末期です」


 先生の小声による宣言が部屋に響いた。

 なんとなくわかっていたけれど、改めて宣言されると胸と腹に衝撃が来る。勝手な言い草だが、わざわざ先生に言わせるなと感情的になりかける。


 ステージIVがどの段階なのかは怖いので調べない。前も言ったが、知らない知識を仕入れて不安にかられる必要はない。


 必要なのはどのように介護していくかの知識。例えば尿を入れるバルーンという器具。これをつけていれば小用の為にトイレに行く必要はない。毎日決まった時間に廃液を処理するだけだ。試しにやらせてもらったが、トイレに連れて行くことに比べると、ものすごく楽である。

 インスリンの量も変わっていない。薬も増えたわけではない。確実に大便はこちらが拭かねばならないし、夜は更に眠れなくなるだろうが、なんだ、やることがそんなに増えたわけじゃないじゃん。ポジティブに行こう、ポジティブに。


 すり合わせの末、退院日が決定した。2日後の8月27日だ。早く母に知らせてやろうと思ったところ、看護師さんが車椅子を押して連れてきてくれた。退院日を告げられた時の喜びようは忘れられないと思う。


 会議が終わり、母の病室へ。少し話してもらって構いませんよという病院の気遣いだ。母はずっと笑いながら「ありがとう、ありがとう」と言っていた。


「家に戻ったらまず、何を食べたい?」

「アイスとお寿司だね」


 即答。いいことだ。小さな希望が今の母を動かしている。

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