担当者会議へ

 今朝6時過ぎ、この日記を書いているところで携帯電話が鳴った。息を呑み画面を確認すると、発信者は母である。悪い予感しかしないがためらう間はない。こちらの焦りをよそに、母はのんびりとした声を出した。


「ボディーソープとテレビカードを明日持ってきて」


 それは、この時間に言うことなのか。多分起こしに来た看護師さんが電話をかけてくれたのだと思うが、本当にこの時間に伝える必要があったのか。最近眠るのが下手(?)になって4時には目が覚めてしまう為、すぐ電話に出ることができたからいいとしても、朝6時過ぎに依頼するようなことだったのか。思いもよらぬ時間に鳴る電話は悪い知らせしかないので、いらぬ冷や汗をかいた。


 それはさておき、母を家に迎え入れるにあたり、様々な人の力を借りなければならない。その集まりが8月25日の昼、病院で行われる。

 知っている限りの参加者はケアマネージャー、病院の退院対応の看護師、訪問看護師、訪問介護、移動式介護用風呂のスタッフ、である。恐らくこれに介護用品のスタッフと介護タクシーが加わる。


 皆さんその道のプロだから何もかもお任せするつもりなのだが、こちらはド素人。いっぺんに色んな人から色んなことを言われても覚えておけるわけがない。


 父の時にもこういう担当者会議と呼ばれる集まりがあった。やはり色んな人に色んなことを言われたが、今にして思えばあの時は楽観的だった。なにしろ脳梗塞で半身不随になっているだけで、病状が進行する恐れがないのだから。


 病状以外に何が不安かというと、実際にはできないことを「できる」と主張する母の存在である。例えば車椅子から車の助手席に乗り移ることができないのならば介護タクシーを使う必要がある。これに関して聞くと


「できる」


 と当然のように答える。看護師に聞くと「できないでしょう」になる。どちらが正しいかは考えるまでもなく看護師なのであるが、強がりというか家に戻る為の強弁というか、後になって混乱が生じることを母は理解していない。


 混乱というよりも事故だ。ほとんど歩けなくなった母を病院へ運び、診察を終えたのちなんとかして抱えあげてリビングに運んだはいいが、そこから椅子に座るまでの間に転んで大惨事になった。本人が嫌がっていようがなんだろうが、無理にでも車椅子に乗せるべきだったと後悔している。

 介護タクシーを使うほうがもちろんいい。だが高い。病院までの往復で6千円、多い時は週3回にもなる。一週間で1万8千円はでかい、でかすぎる。


 問題は山積みであるが、なんとかしてなんとかするしかない。母を家に戻すと決断したのは自分なのだ。できなかろうがやるしかない。多少の無理は承知の上。その為には色んな人の力が必要だ。

 そしてまた、その人達の力を借りるには、おカネが必要なのである。当たり前の話だが。


 今、おれの目の前には、夢のかけらが散らばっている。世にいうサマージャンボ宝くじの成れの果てだ。まだ番号を見ていない。だから成れの果てかどうかはわからない。自分で確認すると間違えそうだから、宝くじ屋に持っていって確認してもらおう。

 もし当たっていたら、とりあえず助手席が車の外に降りる介護用の車を買う。あと脱税したい。脱獄と脱税は男の夢。

 多分、10億くらい当たっていると思う。むしろ外れるわけがない。なぜかというとカネが必要だからだ。当たるわけがないものを買うバカはいない。そもそも当たる確率は当りか外れで二分の一。気合で外れを無くすからこれは当たっている、間違いなく。

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