ゴミ屋敷待ったなし

 今週、母はMRIとCTを別の日に撮影するので、病室にいない可能性がある。こちらからの電話には出ることができないので、その確認も難しい。なので病院に向かうことは少なくなるだろう。医者からの話は来週になる。

 電話に出ることができないというのは、昨日、病室で確認した。麻痺が強くなっているのだ。


 母から電話がかかってきた時に「電話使えるのか」とその都度聞いてはいるが、本人は「自分でかけた」の一点張り。実際は看護師さんがかけてくれていたのである。その嘘はこちらを不安にさせない為のものであるので、仕方がないといえば仕方がない。


 この間希望した障害者保険だが、降りる気配はない。脳梗塞の場合、障害の度合い次第によっては降りるが、脳腫瘍の場合は「そういう病気ではない」ので降りないそうだ。

 法律でそう決められているのなら仕方ないけど、どっちがより大変かというとやっぱり脳腫瘍の方が大変なんだけどな、我が家にとっては。


 取り急ぎ母を迎え入れる準備をしなければならない。おむつだなんだ必要なものは多いが、それよりも重要なことは、いらないものを捨てることである。車椅子が通れる動線を保持しておかなければならない。最悪2台同時に移動する恐れもある。


 貯めるよりは捨てることの方が得意だ。それは己のカネの使い方を顧みればいやでも分かる。後悔しなければならないが、こんなことで自分を苛めているとふさぎ込みそうだからポジティブに言い換えてみよう。おれは、物もカネも捨てるのが得意なのだ!!


 ヨシ! 自己嫌悪発動ヨシ!!


 昔から父の捨てられない病は重症であり、一人でゴミ屋敷を構築せんばかりの勢いで新聞紙やチラシ、メモ帳を溜め込んでいった。それも食卓の上に。おつとめ中の今は物が増えることはないが、家にいると毎日そのゴミが増える。朝起きたら抜けてる髪の毛というか、プレミアで動画編集した時のキャッシュというか、何しろ必要がないものだ。

 その結果がハンコがどれか分からないとかマイナンバーカードが見当たらないといったふざけた事態に直結するのだが、本人はただの一度も反省したことがない。


 今月の頭、食卓の半分以上を占めるゴミの山を、まさしくゴミを見る目で見下しながら、おつとめ前の父に話をした。


「大事なものだけ残しておいてやる可能性がありますが、大事なものはありますか」

「全部大事だから触るな」

「ひと月前の新聞やチラシの何が大事なのか。見苦しいゴミだから捨てておく」


 父は烈火のごとく怒ったが、


「なら整理しておけ。油断するなこの野郎」


 と半ば不条理なおれの反撃を喰らいおつとめ先へと消えていった。だいたいアドレス帳があるのにチラシの裏側に電話番号を書いて、本人曰く「保存しておいた」ものがどこにあるのか分からないという点で強制処分やむなし。


 先にも言ったが、父がいない間はゴミが増える心配がない。はずだった。だが父の血を引く(おれもだが)兄は順調に物を増やし、置きやすい場所になんとなく物を置き、動線を乱しに乱し始めたのだった。


 例を上げる。車椅子が通るスペースに、椅子が置かれたのである。それも2つも。一つは物を置く用、一つは休息用らしい。

 もちろん何も言わずに片付けるが、次の日にはまた同じ場所に置いてある。言われなければ分からんかと、夜、酒を飲みながら注意した。


「椅子、邪魔。車椅子通れない」

「戻ってきたらどければいい」

「なら今置いてある2つの椅子はどこへ」

「どこか邪魔にならない場所へ」

「そんな場所はない」


 家は狭い。介護ベッドが2つに車椅子、これだけでなかなかのスペースを取るが、車椅子の動線を確保しなければならないのだ。空いている場所などない。強いて言うなら、母が戻り次第、自分の部屋にいられなくなるおれの部屋だけだ。


 物置というかゴミ箱になるのか、おれの部屋が。外出もできなくなるからゴミを捨てに行けず、貯まる一方になるのか。それはいやだな。ならいっそのことゾンビ映画のごとく部屋の扉を木材でカンカンと打ち付けて封印でもした方がいいのか。


 家の電話が鳴った。父のおつとめ先からだ。


「お父様がお話ししたいとおっしゃってるんですが。本当はこういうのダメなんですが、今はコロナで面会もできませんし、お母様のことも心配でしょうから、お話しできますか」

「いやです」


 とはさすがに言えない。


 電話口に出た父は、開口一番「お父さんがいない間に来た新聞は全部とっておけ」と言った。


 オチをつけてもらってありがたいが、電話してきてまで言うことがそれか。

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