今、回りくどい話し方がモテる!

 14時、母の現状に対して医者からの話があるとのことで、兄と共に病院へ。


 結論から言うと、前回の話から何も変わってなかった。9月頭に放射線治療ができるようになるまでリハビリしながら待とう、という話になったのである。

 ただし今回は「それを待つまでの間に亡くなる可能性もあります」と言われた。

 そんなことはすでに、覚悟の中に含まれている。


 また、どこかにいいリハビリ病院があったらそこへ転院しようという流れも出来た。そこまでは理解している。

 ホスピスの話も何やら積極的にされたが、諦めるにはまだ全然早い。やれることをやりきっていない。


 説明室というのか、まあそういう所で話をしていたのだが、途中で車椅子に乗って母がやってきた。


 医者が「まだ退院までは時間がかかりますよ」と伝えると、母は見るからに落ち込んだ。深い溜め息をつき、目を閉じたと思ったら思わぬことを口走った。


「あ、この病院が嫌だというわけではないんですよ。本当に看護師の皆さんには良くしていただいてますし……」


 そんなことに気を使わなくてよろしい。

 誕生日だったので、買ってきたものを渡す。なんというのだろうドライフラワーの水没したやつというのか、オイルの瓶詰めみたいになった花のようなものだ。


 母と一緒にそれを覗き込んだ看護師が「わあ、きれいですね!」と声を上げた。こういうところからも今入院している病院の看護師さんのプロ意識が感じられる。


 医者の説明が終わり、説明室を家族だけで貸し切る。病院が気を利かせてくれたのだ。


「普段はコロナでなかなか会えないですが、今日はお誕生日ですしごゆっくりお話しください」


 ご厚意に甘え話していたが、3分程で母は「病室に戻る」と言い出した。仕方がないことだが、疲れるのが早い。


 その後にソーシャルワーカーがやってきた。具体的にどういうことをする人なのか知らない。彼は挨拶を終えると「先生からどんな話があったのか、食い違いがないようにお話しいただけますか」と言った。


「前回……というか先週とさして変わっておらず、9月頭に放射線治療ができるかどうかに期待をかけています」


 とおれは言った。彼が言葉を返す。


「前回……つまり先週はどういうお話しだったんですか?」


 マスクごしだから伝わらなかったのかと思い、頭を真っ白にしながら、ハキハキと答える。いわゆるバカの答弁である。


「繰り返しますが、9月頭の放射線治療ができるかどうかに期待をかけたいと思いますと言いました」

「なるほど、そうなんですね。その時はその方向だったんですね。今回は9月頭まで待つということなんですね」

「そうですね。9月頭の放射線治療ができるかどうかに期待をかけています」

「なるほどですね。了解しました」


 話の頭に「なるほど」と付ける時、それは話を理解していない時だ。おれの偏見だが、確信を持ちつつ斜めに偏って見ている。

 だいたい何を持ってなるほどんだのかが分からない。アントニオ猪木の入場テーマ「炎のファイター」、もしくはニック・ボックウィンクルの「プロレス・イン・ハワイ」のAメロ繰り返しのように、同じことを繰り返しただけだ。情報が増えていないのになるほどと納得する要素が見当たらない。


 そしてまた、なかなかあることではないが、これは大事なことなので声を大にして言っておきたい。

 もし貴方の目の間で誰かが同じ言葉を繰り返しだした時には、少し距離をとってほしい。人間が同じ言葉を喋りだした時というのは、酔ってるか韻を踏んでいるか怒ってるかぶっ壊れてるかのどれかしらである。


 その後もなんか色々同じ話を繰り返されていたが、言い方がまわりくどすぎてちっとも頭に入ってこないのですわ的みたいな感じ。困った方向でアグリーですわね。


 今ちょっとかわいくて回りくどい語尾を使ったが、これはモテたいという意識の唐突な暴走である。なんでかというと、回りくどい話し方をする彼の左手薬指には指輪が光っていたからだ。おれの手にはない。


 つまり彼はモテておれはモテない。外見や性格、収入や能力その他は差し引いて良いものではないが、強引にそれらの要素を差し引く。そうすると常に最短距離の話し方をするおれよりも、回りくどい話し方をする彼の方がモテる、という結論が導き出された。


 ここでいう最短距離というのはあくまで目的を伝えるまでの言葉の数である。結論を急いではならない。結論を急ぐとバカになるのは3行上を読み返していただければお分かりだろう。


 何が言いたいかと言うと、疲れているのでちょっと何がなんだか分からなくなっているということであったりする雰囲気のような。


 話が終わり、ゴニョゴニョとお礼を述べながら説明室を出る。良く分からないが、彼はこれから我が家の為に尽力してくれるのだろう。

 扉が閉まりきる前に兄が言った。


「今の話、必要だったか?」


 兄の後ろに立っている看護師に気づいての言葉かどうかはわからない。

 ただ、間違いなく言えることがある。兄もまた最短距離の話し方をするのでモテないのである。

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