予想外の知らせ

 母が入院している病院から、昼過ぎに電話があった。病院からの連絡は、おおむね良くない知らせである。


 硬い声で電話に出ると、看護師からでなく事務の人からだった。口調が暗いので身構えていると、予想外のことを伝えてきた。


 曰く、8月5日に2つ先の市のT病院で支払った金額に返金が生じたと。その額、70円。どういう理屈かは呆けていたのでよく理解していないが、70円受け取りにT病院まで行けとのことだった。


「な、70円をへ、返金……!?」


 エッジの効いた電話の内容に我知らず声が裏返った。暑さでぼーっとしていたので受け身を取りそこねたということもある。良く言えば素直に、悪く言えば回転が遅くて理解できない感じの声音丸出しでおれは内容を確認した。


「あの、それはつまり、病院の手違いはいいとして、なな、ななじゅうえんを受け取りに2つ先の市へ行ってこいという内容を今、私は言われておるのでしょうか」


 ほぼオウム返し。脳みそ停止状態である。


「誠に申し訳ございません」

「マジですかおい」


 脳みそが停止している都合上、口調がシンプルになるのは仕方がないのだ。


 事務の人は申し訳無さそうな声で申し訳ない旨を伝えてきたが、いかんせん返金金額が申し訳なくないので、ちっとも申し訳なさが伝わってこない。貴様があと10円払えばT病院でロッテビックリマンチョコ(80円)を買わせてもらえるように便宜を計らってやったから片道40分ほどかけて行って来いと言われたのと同じことである。ガガガ、ガソリン代の方が高いのでは……!?


「あの、それはやっぱりその、どうしても行かなければいけないのですか」

「はい、申し訳ございません」

「そうですか。もう一度内容を確認してもよろしいですかね。ちょっと不安になっているので」


 電話とイヤホンをつなげ、パソコンに向き合い、メモをとりながら内容を打ち込む。


「ええと、ななじゅうえん受け取りにT病院へ行け、ということでよろしゅうございますかね」

「はい、申し訳ございません」


 普段より高い声でわかりましたと伝え電話を切った。

 今日び子供のお小遣いでも100円はくれると思う。70円だとロッテビックリマンチョコも買えないことは先だって説明した。なぜロッテビックリマンチョコにこだわるかというと数年前、懐かしさのあまり手にとったロッテビックリマンチョコ2つの代金を支払おうと100円用意しておいたら一つしか買えずにビックリしたからだ。もちろん酔っ払っての出来事である。記憶の中のロッテビックリマンチョコは一つ30円だったのでその衝撃たるや。しかしそもそもロッテビックリマンチョコにさしたる思い入れがあるわけでもないのでそろそろロッテビックリマンチョコの話は終わりにするが、今日の返金の内容とロッテビックリマンチョコの値上がりにどれだけ驚いたかを想像していただきたいのである。


 しかしなあ、70円なあ。何が買えるのかなあ。せめて80円あればロッテビックリマンチョコが買えるのになあ。

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