頭の中に白子でも入ってんのか

 母からの連絡が来ないので不安な時間を過ごしている。もちろん何かあったらまず病院から連絡は来るのだが、それでは遅い。

 電話をかけるのがめんどくさいのか、電話を使える状態ではないのかもわからない。本来なら面会すればいいだけの話なのだが、それがままならない。本当にコロナウイルスは厄介な野郎である。


 足りないものを持っていくのなら病院に行く口実にはなる。だが現段階では何もわからない。病院からも連絡がないということは、恐らく足りないものは無いのだろう。


 考えていても仕方ないので会いに行くことにした。下手の考え、休むに似たり。口実は車を走らせて病院に着くまでの間に考えればいい。


 約15分後、病院に到着。何も考えつかなかった。こういう場合は正直に言うしかない。

 ナースセンターで「すみません、ちょっと顔を見に来たんですが」と話しかけた。


「ただでさえ命を預かる忙しい業務の中、居酒屋感覚で病院に顔を出しやがるしちめんどくせーアホがキター!」


 と思われても仕方がないけれど、本当に何も口実が思い浮かばなかった。さっき下手の考え休むに似たりと言ったけれど、実際何も考えないバカは、バカ界の中でも一握りだろう。

 受け付けてくれた看護師さんは笑顔で「お連れしますけど、距離を開けてお話しくださいね」と快諾してくれた。


 それから15分ほど待った。看護師の人が言うにはトイレらしい。あまりにも長いので忘れられたかと不安がよぎる。待っている間、見舞客と思われる中年夫婦が看護師の目を盗んで病室に入っていった。


 おれは正義を語るマンではないし気持ちはわかるのだけれど、何かあったら責任取れるのかなと首を傾げざるを得ない。実際そういう人たちは看護師に見つかって追い出されるわけだが、そのおっさんもおばさんも口を揃えて「家族だから仕方がない」「病院に来たのに会えないなんて」とか被害者面して言うわけだ。しかも大きい声で。

 ならその大事な家族とか同室の人を不安にさせない方がいいのではないかと思うが、他者の安全はさておき自分の感情と都合を最優先する人がいる以上、こういったやりとりがなくなることはない。感染者も増える一方だろう。

 そもそもこれだけ爆発的に感染者数が増えている病気なのに、いまだに自分だけは大丈夫と思い込んでいる人の目の上に収納されている物体は何なんですか、タラの白子とかウニとかシロコロホルモンとか、ぐちゃっとした見た目の美味しいもんでも詰まってんですか。


 そんなトラブルが終わり、やっと車椅子を押されながら母がやってきた。見たところ異常はない。3メートルほど離れたまま、話をした。


「お願いだから電話をくださいな。情報がないと不安で仕方がない。電話ができないのか、めんどくさいのかどっち?」

「めんどくさい」


 なるほど。なら仕方がない。体も不自由であることだし、なんとなく話すのも億劫になっている気がする。


「そんなもんめんどくさくないだろ。指で少し操作すればいいだけだ。指は動くか?」


 母は無言で右手をにぎにぎと動かした。今のところは大丈夫なようだ。


「あなたの姉さんからも電話がかかってくるんですが、特に話せることがありません。何か伝えておくことは?」

「別にないなあ」

「ならば『普通に異常』と伝えておきます」


 母の姉、おれにとっておばに当たる人は毎晩のように電話をくれるのだが、特に話せることが増えていない。もしかしたらおばさんはそれで「何かを隠している」と思い込んでいるのかもしれない。まあその思い込みは正解であるのだが。


 看護師さんがすみません、と言いながら面会時間の終了を知らせてきた。別に謝られる必要はないが、制限時間に対しても文句をつける輩がいるのだろう。そういう奴の顔面に「まあこれでも喰えよ」とムラサキウニを殻ごと押し付けてやりたい。うまくいけば少しは目の上が重たくなるのではないだろうか。

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