こっちはこっちで、そっちはそっちで
仕方ないけどずっとダークな感じだったので、今回はポップな雰囲気にいたしますよ!
明日から父の入所が始まる。通常3ヶ月からなのだが、特例扱いで一月の独房……じゃなかった入所となる。
当初、父は猛烈に反対した。
曰く「お前が楽をしたいだけでお父さんを一月も入所させるなんて人間のやることだと思うか?」
曰く「お母さんの面倒は見ない、お父さんの面倒は見ないで、世の中に通用すると思うか?」
曰く「お前の育て方を間違えた。お前が出て行け」
威勢よくなかなかの暴言を吐いていたが、いよいよ今日が最後の夜ということもあって、少し観念しているようだ。その様子を見て、生簀の中で鮮度を落としゆくタラバガニを想像する。やがてタラバは、持っていく荷物にケチを付けて憂さ晴らしを始めた。彼、カニミソが腐ってるのよ。
入所は初だが、一週間程度のショートステイは何度も利用している。なお、デイサービスもショートステイも入所も同じところ。
ショートの始まる前の晩、いつも心底嫌そうなので、理由を考えてみた。聞いても無視で返ってくるので想像と入所先への聞き込みしかない。
入所先からは「いつもニコニコして私たちにも話をしてくださって、とてもいい人です。いつでも来て欲しいです」と、ずいぶんごたいそうな評判である。
カニ、色々感覚が昔っから狂ってるのね。戒名に「内弁慶」とか「内気おじさん」とか入れてもらおうかと思うくらい。
家では基本会話は成立しない。繰り返すが、家族からの問いかけは無視で返すからだ。一方的に何かに怒ったり命令してくることはある。
こいつみたいには絶対なるまい、と痛感した象徴的な出来事が何回もあった。思い出すと腹が立つのでわざわざ書いたりしないが。
今しがた、少しだけかわいそうになってきたので「痒み止め塗ってやろうか」と話しかけた。それに対して無言であごをしゃくって返す。あごの指す先には痒み止めがあった。怒るなという方が無理だろ、こんなの。
痒み止めを塗りながら、おれは一方的にまくしたてた。
「こっちはこっちで頑張ってどうにかするから、そっちはそっちで家の中のように我がままを言ってればいい」
返答は当然無言。
「家にいるよりは、プロが面倒観てくれるんだから楽に決まってるだろ」
一方的な会話……ではないおれの独白は続く。
「なにかあったらすぐに行くし、悪いことがあったらすぐに知らせるから我慢してくれ」
背中にアンテベート軟膏を塗りつけながら、結構大きな声で言った。当然無視かと思いきや、小さな声が聴こえてきた。
「頼むぞ、お母さんを」
こんなタイミングで珍しいこと、言うなよ……。
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