オ、オデ、やさしいいきもの
朝、ベランダに洗濯物を干していた時のこと。
洗濯ばさみがたくさんついていてタオルとか干すのに適しているあの道具、正式名称は分からないが我が家では「ガチャガチャ」と呼んでいるガチャガチャと騒がしいアレ。それにタオルを干そうとしたら、連続で洗濯ばさみが砕けて落ちた。
非常に縁起が悪い。今日の13時には病院に母の容態のことで脳外科の先生から話があるのだ。これはあまりいい前兆ではありませんね。テリーマンの靴紐のような役割をガチャガチャが担っているとは思えないが、日々ピリピリしながら生活している身としては、些細なアクシデントにも動揺してしまうのだ。
要は古くなったプラスチックが砕け散っただけなのだが、これを「悪い前兆」ととるか「自分の罪」にするかで病院へ出発するまでの数時間の心持ちが違う。ためらわず後者を採用。すなわち自分の力が強いせいと思い込むことにした。
方法は至ってシンプル。自分のことを「オデ」と呼ぶ行為により、その思い込みは完成するのである。
オ、オデ。
オデ……まだやっぢまっだ……。
砕け散った洗濯ばさみの残骸を拾い上げ、ベランダで汗をぬぐいながら、オデはそう口にした。力が強くて頭は弱い、根は優しいけど怒るとヤバい系のキャラクターへ成り果てることで悪い前兆は消えてなくなった。行動で運命を操作してやった。猫を撫でてたつもりが力が強すぎて殺してしまうタイプの、ああいうキャラへジョブチェンジ。
もちろん当然当たり前の言わずもがな、あくまで自分の中だけである。今しがた病院から電話があって「次男さまですか?」と問われた際、
「オ、オデ、いえ、私が次男です」
とか絶対一切ありえねえから。例えベランダにいた時に室内で電話が鳴ったから慌てたんです、ええすいませんねという状況だったとしてもそんなことは普通に考えれば起こり得ねえから。普通なら。
ところで。
オデという一人称を使うキャラがたいてい皆様も思い浮かべている通りの、わかりやすく言うとパワーがあっていささかアレというキャラを想像しやすい理由はそういうキャラの会話の出だしが「オデ」で始まるからだろう。
まず自分の話をする際に「おれは」「わたしは」「ぼくは」とは言わない。言う必要がない。言うとしたら面接の時くらいなものだ。
こっち側からすれば「おれの話なんだからわざわざ『おれは』と言わなくてもわかるだろう」と思うし、受け取る側からすれば「お前の話なんだからわざわざ『おれは』とか言わんでもいい」となる。
特にこういう心がむき出しになっている日記のようなものであれば、なおのこと出だしの主語はいらなくなる。だって自分のことだから省略したほうが読みやすい。だから逆に読みづらく、幼く感じてもらうためには主語から文章を始めるのが手っ取り早い。オ、オデにとってはね。
などと偉そうなことをのたまっているが、問題は13時からの医者の説明である。彼らは、家族側がある程度の知識を持っているという前提で説明をする。もちろん全くないわけではないが、所詮はネットでななめ読みしただけの知識に過ぎない。
例えば脳のCT写真とか見させられるのだけれども、「このように段々腫瘍が大きくなっているわけです」とか言われてもどれが腫瘍なのかわからない。はあそうなんですねとしか言いようがないのである。難しい顔をしながら思考を停止して聞いているだけのでくのぼうが私です。
怖いのは、医者から「何か聞いておきたいことはありますか?」と言われた時。今ここで散々オデオデ使っているので引き続きバカになっている可能性が高い。
「オ、オデは特にないです」
とか言い出しかねないオデが、オデ、怖い。
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