まるで昭和の町工場のバカ社長のように

 父を一月ほど老人ホームに入所させるため、新たな契約が必要となった。いってみれば必要な儀式であり、ペルソナシリーズでいうところのイゴールとの会談のようなものだと思ってもらえれば良い。


 入ってもらう理由は一つ。母がどうなるかわからず、そうなるとこっちの動きもどうなるか分からない。急に呼ばれて病院におもむくのは構わないが、その間、父を家で一人にさせるわけにはいかない。介護が必要な要介護者である。

 その為、家にいてもらわない方がいい。それには老人ホームしかない。シンプルな理屈である。


 上記のようなことを、なるべく父の尊厳を損なわないように説明する必要があった。朝食を終えた父の前にしゃがみこみ、おれは切り出した。


「お母さんがこれからどうなるかわからないんです。つまり、おれの動きもどうなるかわからないのです。なので、あなたに家にいてもらうと困るので、一月ほど入所してもらいます」


 多分普通の内容だと思う。

 父の返答は短かった。


「ふざけるな。お前が出ていけ」


 そして読み終えた新聞を床に放り投げ、顎でしゃくった。片付けろという指示だ。


「あのね」


 こうなるとおれの言うことを無視するが、構わず続けた。


「そういう態度とってると、特養だと普通に殴られるよ? 内弁慶で身内にはそういう態度しか取れないから、子供の頃、親に捨てられたんじゃないの?」


 最近知って驚いたのだが、父と祖母は血がつながっていない。祖母はおれが小学6年の時に亡くなったが、そんな話は聞いたこともなかった。いつ知ったかというと、昨日知った。おれ以外の家族は知っていたのである。


「さっきまでいつものとこにしようと思ってたけど、気が変わりました。お安い特養にします? 私はできれば特養か戸塚ヨットスクールにぶちこんでやりたいのですが」


 完全に無視を決め込む父を尻目に、おれはいつもの老人ホームへ向かった。

 このタイミングで決めたわけではない。先日すでに手続きの日程をもらっていたのだ。特養うんぬんはあくまで脅し文句である。

 様々な書類の手続きがある。戻るまで兄が出勤時間を遅らせてくれているからこそできるのだ。


 老人ホームに到着し、様々な書類にハンコを押す。内容はいちいち気にしない。それこそ映画に出てくる昭和の町工場のバカ社長のように気前よく実印をポンポンポーン!と押すのだ。


 めんどくさいのが洗濯物。これはホームに出入りする業者に頼んだ。しかしそこに出すとフルネームを服に書かなければならない。当然のことではあるが、思ったよりも遥かにめんどくさい。

 なのでここはアイロンシートを購入。パソコンで作った名札をクラウドにアップし、スマホからプリントアウト。なぜパソコンから直接やらんのかというと、最近買ったキャノンのプリンターはなんとMACに対応していないのだ! 請求書とショートステイ時の書類と年賀状くらいしか印刷はしないけど、いい加減MACだからという理由で村八分にするのはやめてもらいたい。おれはMACしか使えないのだ。

 アイロンがない! 買うか! 火を吹く給付金!


 概ねのやることは理解した。問題は、8月6日の当日である。迎えが来ないので、おれが車で送る必要がある。当然本人は土壇場で最大の抵抗を見せるはずだ。それはもう、早めの帰宅を促された柴犬のように。

 その際は担ぎ上げてでも車にぶちこみ、大声でドナドナを歌いながら搬入することにしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る