もしも銅像を作るなら
包括センターに電話し、事情を報告。するとすぐに訪ねてきてくれた。いわく「かなり深刻なご様子なので」。
加速度的に母の体が動かなくなり、ついに食事もできなくなりました、はい、というおれの相談を最重要案件ととらえてくれたようで、大急ぎで様々な手配をしてくれた。
ケアマネージャーの選定、福祉用具の提案、ヘルパーや介護士の斡旋などがそれである。
これ、重要なんですが、病院で「介護申請したほうが良い」と言われたらまずは役所! 担当の医師の名前をフルネームで報告!
「○月○日に病室へ認定に伺います」という書類をもらって病院のナースセンターに提出!
そして地域の支援包括センターに電話ァ!!
そしてもなにも包括センターに電話するのを忘れていた。忙しかったというのが最大の理由であるが、3年前の父の時は全てケアマネージャーが行ってくれたので、自動的に事が運ぶと思い込んでいた節もある。言い訳しておくと、おれは3年前は実家におらず、何も理解しないまま途中から介護の流れに飲み込まれたという事情があるのだ。決しておれのスペックが低いという理由だけではない、はずだ。
そんなこんなで、まずはベッドを搬入してもらうことになった、その日のうちに。何しろ寝床がないのである。今まで2階で寝ていた母をどうするかで悩んでいたのでこの早急な対応には助けられた。
ケアマネージャーは、父と同じ人が兼任してくれることになった。これはいい。何がいいって二人のケアマネとやりとりを行うことがなくなったので。
また、どうしても半日出なければいけない日があるので、その日はヘルパーを呼ぶことにした。1時間4000円。キャバクラのキャスト並の時給である。それを3時間なので1万2000円! しかもこれは実費。
しかし仕方がない。カネで解決できることはカネを払うしかない。幸い給付金がまだ残っている。ある意味理想的な使い方なのではないか、これ。
話は逸れるが、先程、母に食事を食べさせながら痛感したことがある。利き手が使えないのなら、左手でおにぎりを食べればいいのではないか。今まで甲斐甲斐しく母の右側に座り、箸で食事を運んであげていたが、そんなお涙頂戴はいらんのではないか。
もしおれが世界に対してなにかすごくびっくりするくらいグッドなことをし、讃えられるべき人間になったとする。そうすると銅像が立つ、多分。
だとしたら銅像のポーズはこの「食事の介護」か「親のケツを拭く」場面になるのだろうが、実際に一番多い場面が採用されるのであれば「親の腹にインスリン注射を打つ」というかなりマニアックなものになる。
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