腹を括るタイミング

 今回は少しだけ役に立つ話のような気がしないわけでもありません。救急車を呼ぶタイミングについてです。


 結論から言うと「やばい」と最初に感じた時。


 昨日、母を病院へ連れて行った。一昨日の朝からお茶をこぼすこと3回、箸やボールペンに至っては数えきれないほど。どう考えてもおかしい。脳腫瘍の進行が進んでしまっているのではないかと疑ったが、素人の身としては本人の「どこも悪くはない、大丈夫」という言葉を信用するしか無かったのだ。


 脳神経外科が休みだったので、脳神経内科で診てもらったところ「脳腫瘍の進行はない」。


「単純に体調が悪かっただけかもしれませんね」


 と医者は言った。


「けどですね」


 とド素人のおれが口答えをする。


「けど、ですね、そんなにものを持てなくなるものですか」

「そうした具体的な不安を感じた時は、救急車を呼ぶべきですよ」

「しかし、今週また呼んだら2回目。週に2回も緊急の容体でないのに救急車を呼ぶのは……」

「緊急かどうかの判断、できないでしょう」

「できません。ですので私としましては、気絶とかわかりやすい状態にならねば呼べません」

「その考えは改めた方がいいですよ」


 軽く説教された。

 実際、救急車を呼ぶのはなかなかどころか、かなり勇気がいる。近所迷惑になりはしないか、救急隊員も忙しいのにポンポンと呼んでいいのか、もしかしたら自分で運べるのではないかといろいろ考えてしまう。


 けど、昨日の医者が言った通り、具体的な不安を感じた時は勇気を出してSOSを出すべきだと思う。


 この駄文をお目通しくださった方も、もしかしたら同じような状況に陥ることはあるかもしれない。なので、できるだけ慌てないように準備しておくもの、覚えていた方がいいことを書いておきます。


 準備しておくもの

 患者の靴、保険証、かかる病院の診察券、マスク、おくすり手帳。


 覚えておいた方がいいもの

 患者の生年月日、自分の財布(帰りのタクシー代)、家の鍵。


 特に靴は忘れがち。マスクは無かったら病院でも売っているけど、品切れの恐れもある。

 また、親の生年月日と年齢を覚えていないと、救急車の中での立場があまりよくないものになる。再現すると……。


「息子さんですか」

「はい」

「お母さんの生年月日を教えてください」

「えっえっ、あっ」

「あ(バカそうなので)大丈夫です。いつも飲んでいる薬はありますか」

「あっえっ、なんか飲んでます」

「あ(バカを相手にするのは時間の無駄なので)大丈夫です」


 おくすり手帳があればこんな居た堪れない状況になることはない。生年月日を覚えていないのは、もう、仕方がない。ケツあたりに刺青でも入れて覚えておく以外に方法はない。確認するためには救急車の中でパンツを脱ぐ必要があるが、本当にそれをするとどちらを病院に運ぶのか救急隊員も迷う。しかも自分では見ることができないのでケツを向けて数字を読み上げてもらわなくてはならない。


 話が逸れて軌道修正ができなくなった。

 あと、救急車を呼ぶ電話の内容。最初に「救急か火事か」を尋ねられる。なので救急をお願いしますと応えましょう。

 住所を言うと、確認するために両隣の家の名字を聞かれるのでお忘れなきよう。

 状態の説明はできるだけ簡単に。混乱を避けるため、おれは単語で伝えるようにしている。

 すなわち「意識なし、手のけいれん、口は開いている、こちらの呼びかけに目は動く、失禁なし、以上です」といった具合だ。慣れた。小慣れた。


 救急車の中で、今までの大きな病気を聞かれるので、そこも記憶しておきましょう。麻雀の役のように「くも膜下出血、背骨の圧迫骨折、糖尿病、大腸がん」と出てくるようになればもう立派な同乗者。


 最後に患者との続柄を訊かれるので、そこだけは答えにつまらないようにしたい。最初は慌ててそれどころでは無かったなあ。


「患者さんとの関係は」

「え? 同居して2年ほどのはずです」

「いえ、血縁関係は」

「え? ああ、子です」


 一番最初のバカ丸出しな受け答えを戒めに、今後も気を緩めることなく経過を見守っていく所存だ。


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