ボケの話

 非常かつ非情に残念なことに、今書いている小説のPVが全く伸びない。ちょっとビックリするくらい伸びない。いつか使った表現だが、毎日愕然としつつ、愕然が更新され続けるという狂った状態だ。すごく面白いのに。

 たまにツイッター上に「1000万PV突破!」とかうたってる小説アカウントの人がいるが、本当のことかと聞いてみたい。だって、約1億7000万の日本人でインターネットを漁ってまでアマチュアの小説を読む趣味の人ってそんなにいるのか。疑問だ、クエスチョンだ。なぜそんなにワニに対して怒る人がいるのか、どーでもよくないかというのと同じくらい疑問である。


 しかしながら、なぜかこのエッセイはなぜか多くの方がなぜかご覧になられている。もしかしたら介護というキーワードが目を引いたのかもしれない。今後の役に立つと思われたのかもしれない。

 もしそうだとしたらすみませんと潔く土下座をするしかない。今回は役に立ちません。



 ボケが始まると幼児に戻る、という話はよく耳にする。なお、本来ならボケという言葉は使ってはいけないらしいのだが、身内のことなので容赦なくボケボケと連呼する。


 父の話だ。

 機嫌が悪いのか何なのか、一言も口を聞かない日がある。

 例えば「寒くないか」と聞いても無視、体のどこかがかゆいのかと尋ねても無視、寝室に暖房入れておくかの確認すらできない。

 唯一口を開くのは、食事の前に


「海苔をくれ」


 と催促するときだけ。


 体調が悪いのではないかと勘ぐったが、どうやらそうではない。なぜならば食事を全て平らげるし、血糖値も110から150と高値安定を誇っている。


 そうなるとやはり精神の問題になるのだが、それは話してもらわないとわからない。嫌いな人間とはいえ、戸籍上、父にあたる者。もし家で死んだら警察が来るし、ホトケの肌が荒れていたりヒゲが伸びていたとしたら


「ずいぶん、しんどい思いをなされていたようですね、お父様は」


 などと容疑者を見る目で詰問されるかもしれないのだ。手錠なんかカッチャカチャ言わせるだろうし、おれの態度が悪ければニューナンブの銃口を向けられる可能性もある。

 だが実際のところ毎朝晩のケアにより肌はほぼピカピカ、ヒゲも頭髪もきれいに剃り上げている。


 話がそれた。

 精神の問題なら話してもらわないとどうにもならない、という大前提がある。何を言っても無視するので面倒になり、正直に聞いてみた。


「アンタが機嫌が悪い理由がわからねえんですが」


 当然のごとく無視である。


「何か言いたいことがおありなのですか」


 これもまた無視。

 介護に必要なものは忍耐に次ぐ忍耐と思われるかもしれないが、それは間違いである。介護する側が疲労して折れたら、その家庭はそれまでなのだ。


「じゃあ、いいです。何も言いたくないのなら、こちらも面倒を減らしていきます。食事の準備や血糖値測るのはやります。ただ、インスリンは自分で打ってください、クソボケが」


 もしかしたら、面倒を見られるのがいやなのかもしれない。左半身不随とはいえ、腹に注射を打つくらいの能力は残っている。面倒みられたくないのなら、自力で何かやらせればいいと考えたというのもある。

 ドゥイットユアセルフと告げ、空気抜きをしたインスリンを卓上に置いた。


 まさか泣き出すとは。

 どう考えてもおれが詰問して泣かせたという流れになり、手錠をカチャカチャいわせた警察官が脳裏によぎるが、これはどうなんだ。悪いのはおれなのか。

 仕方ないのでインスリンを打つやいなや、奴は食事を始めた。


 この不愉快な現象を一言で片付けることは可能だ。つまり「ボケの進行」である。ボケを遅らせる薬であるレミニールも毎日服用しているが、どうやら効果は薄いようだ。もしかしたら、今回強く刺激したことにより、更にボケが加速する恐れもある。


 今回のことで痛感したのだが、「介護者は無理してはいけない」よりも「要介護者のワガママを封じてはならない」ということ。優先順位などという生やさしいものでなく、人権的におれの方が下なのである。


 今後も老人が増え、若者は減り続ける。

 なので、インターネットで小説を読む人というのはもっと減ってくるはずだ。そんな状況の中「1000万PV突破!」とか景気のいいこと言ってる奴には、やはり聞いてみたい。


「本当に?」


 と。もし本当なら、レミニールを飲みながら続けてこうも聞いてみたい。


「アッシにもひとつ方法を教えてくだせえよ、ダンナ、ゲシシシ」


 と。

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