きうきう車の中の革命戦士はサイレン代わりにパワーホールを鳴らせと懇願した
革命戦士・長州力が新日本プロレスのことを「青山」と言ったり、メガネスーパーが出資したプロレス団体SWSのことを「メガネ」と呼んでいたのは日本国民ならば誰しもご存知だろう。
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例:今年のメガネはアレだな、うん。とんでもない(ことが起こる)ぞ、うん。
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会話の中で「アレ」を多用することでも世界的に有名である。
実は、我が家でもそういう隠語めいたものがあるのだ。
「むれあい(ホスピタル)」と言えば父を、「
会話の一例を挙げておく。母の面会に行った兄の帰宅時のこと。
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おれ「お。狂済は」
兄「顔色はうん」
「洗濯」
「今日はアレだ。明日は頭。むれあい」
「緑だ、うん」
訳
「お疲れさまでした。狂済病院に入院している母の様子はどうでしたか」
「顔色はだいぶ良くなっています」
「洗濯物があったら洗濯機に入れておいてください」
「今日はありません。明日、頭を洗う予定なので、それ以降にタオル類を引き上げてきます。父はどうしていますか」
「緑色のクソをひねり出してから眠りました」
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語彙を極限まで削り落とした結果、孤立した言語と言われる日本語から、さらに孤立した言葉になった。
会話でアレとかソレを連発するようになったら脳みそが動いていないことは明白であります。自分の中では理解しているものを当然相手もアレしていると思い込んでいる、たちの悪い状態でもある。幸いなのかアレなのか、核家族という狭いコミュニティーの中では意思疎通ができてしまっている。
脳みそが動いていないことを証明するように、この半年のアレで文章を書くのがものすごく遅くなった。というか衰えた。言語中枢がしなびて、かんぴょうみたいなアレになっているのだろう。
ところで、未知の言語を翻訳する時は接続詞から考えるのが常套手段、と大昔になにかの本で読んだが、接続詞すら省いてしまった場合はどうすればいいのだろうか。
前置きが長くなったが、今回は救急車の話を。
2月頭の日曜日の夕方17時45分。
狂済がアレで……じゃない、母の様子が尋常ではなかった。数週間に一度、嘔吐をすることがあったが、その日は早朝から夕方までずっと吐き続け、顔色が白を通り越して青っぽくなっていた。衰弱しきって動けるとも思えない。
きうきう車だ、きうきう車を呼ばなければ。
呼んでいいのか葛藤はあったが、もう一度母の顔を見て決心し、119に電話をした。
なんか最初に二択を迫られる。救急かなんかか、と問われたので
「かなり……その、なんだ、やっべえ感じです。冷や汗も、あるです」
と応えた。焦っているのもあるし、前述のように頭が弱くなっているせいでもある。
次いで、状態を説明。生年月日を告げ、あとは聞かれたとおり、両隣の家に住んでいる人の苗字を言ったところ、救急車のサイレンが近づいてきていた。早い。付き添いの準備も出来ていない。
だがなにしろこちらは慌てているのだ。
サンダルで救急車に乗り込み、意識朦朧としている母に話しかける。この時の私、上着なし、家の鍵なし、財布なし、なぜか小銭入れと携帯電話のみを所持。
救急車の中で、再度生年月日の確認や血圧の測定をする。なかなか発車しない。乗務員(呼び方がわからない)の方から「お薬手帳や保険証をご用意してください」と言われて、言われたとおりそれだけ持ち込む。思考力絶滅。
そして、焦りと空腹とに煽られ、ここらへんからおれの中の革命戦士が目覚めてしまったのである。
「お母さんは、今まで大きなご病気は」
「2001年にくも膜下出血で、狂済病院でアレ(開頭手術)しました。あとアレ(糖尿病)もそこ(狂済病院)で」
「え?」
「糖尿病も(やらかしてます)」
「背中が痛いとおっしゃってますが」
「これはアレですね、うん。2008年に背骨(の圧迫骨折)を。それはむれあい(ホスピタル)で(診てもらったがあの病院はアレなので治る気配がない)ですね」
多分、乗務員の方には
「なんだこいつ長州か。長州なのか。サイレンの代わりにパワーホール流さないとキレんのか」
と思われたことだろうが、こちらはアレして(ふざけて)いる訳ではない。なお、説明するまでもないが、パワーホールとは長州力の入場曲で、御大・平沢進が作曲したことでも知られている。
赤い光をピカピカ言わせながらパワーホールを爆音で流し、3キロ先の病院へひた走る救急車の邪魔をするバカはいないだろう。
今回は普通のサイレンだったので、道を開けない歩行者もいやがった。
スマホ見ながらのたくそ歩いてる奴もそうだし、一人行ったから自分も大丈夫だろうと横切る奴もそうだけど、少なくとも蚊とかゴキブリよりはバカなんだろうなと真面目に思う。そいつらが生きてる間にクソぶっかけてやりたいし、死んだあとも遺影と墓に一日数回、こまめにクソぶっかけたい。
家を出発してから8分で病院に到着し、わちゃわちゃと手続きなどを行う。結果は腸炎で、その日のうちに入院となった。
点滴を打ち、まともな顔色になってきた母を見て、今まで経験したことがないような疲れがドサッとのしかかってくる。母の世話を見なくていいだけ肉体的には楽にはなるのだけれど、精神的な疲れが大きい。
この時もそうだけど、救急車に乗っている時も頭がおかしくなっていることを感じていた。そうでなければ待合室でぼーっとしている時に「きうきう車デビュー」とか言わない。
21時過ぎ、病院を出た。靴ならばなんてことはないが、3キロの暗い道をサンダルで歩いて帰るのだ。上着もないので寒いが、歩いているうちに温まるはずだった。おれは気を取り直し、元気が出るように小声で歌を歌った。たまの「かなしいずぼん」という名曲だ。
日曜の夜は出たくない
日曜の夜は外に出たくない
死体になりたくない
日曜の夜は泳げない
日曜の夜は泳げない
魚になりたくない
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