4話 吠えるギターは劣等感 ⑧
「あれ、奥側の選手上がらねぇの?」
「上がったら責められたときに不利になるだろ」
「あ、そっか」
相変わらず、鷹雄と貴虎の二人は、いつもの階段からサッカーの試合を見下していた。朝から降っていた雨がやんで、今、この夕方はぱっと晴れている。
「……あいつ、今いい動きしたな」
「あー? どこ?」
「そこ」
鷹雄は、あの日以来、憑き物が落ちたようにすっとあの表情をしなくなった……、というわけではない。まだ、あの時のように、険しい表情をする時が、たまにある。だが、貴虎はそれに関しては気にしないようにしている。
一応、もう和兎のお願いは果たしたし、伝えるべきことも伝えた。めんどくさい、も少しはあるが、あとはアイツ自身でどうにかなるだろう。というのが、結論だ。
サッカーをやめるか否かも、別に、どっちでもいいし、どうでもいい。というのが本心だ。
ふと、足音が耳に入ってきて、貴虎と鷹雄は、ほとんど同じタイミングで顔を上げた。
「……すまない。邪魔したか?」
「先輩……」
鷹雄は少しだけ、気まずそうに肩をすくめる。
顔を上げた先には、もやしという印象は受けないタイプのノッポと、確か、和兎の家ですぶ濡れになって入ってきた少年。
「……?」
向こう側も、こちらに気付いたのか、自分のほうを何かを思い出すようにじっと見つめてきた。
そんなやり取りがあった一方、不意に、鷹雄が立ち上がろうとわきにあった松葉杖を手に取った。
「いや、鷹雄。無理は……」
「いいんです」
はっとして止めようとした八鶴を、短い言葉で止めて、自分の力で立ち上がり、八鶴と目線を合わす。
「…………」
鷹雄はしばらく、言葉を探すように黙った。八鶴もその間、何も言わなかった。
「八鶴先輩」
鷹雄が口を開いた。
「俺、サッカー辞めます」
「えっ……」
真剣な八鶴の表情が、一瞬で崩れ去った。
鷹雄はそんな八鶴の様子を気にすることなく、はっきりと言葉を続ける。
「もう少し、色んなことをやってみようと思います。野球やバスケなんかの他のスポーツも、最近はやりのゲームも、音楽や読書もあるいはパソコンとか、まだ、俺が知らないことを」
少し、ためらうように視線を落とした後、鷹雄は覚悟を決めたように、八鶴の目を見て、言った。
「だから、企画の手伝い、俺にもやらせてください。それを機に、変わろうと思ってます」
それから、しばらくの間、八鶴は口を開かなかった。
起きていることを飲み込んで、そして、自身が言うべきことを見定めているからこその静寂だ。しかし、彼もまた、鷹雄の近しい人物の一人だった。
八鶴はゆっくりと首を縦に振った後、
「わかった」
と、短く返事をし、一つ呼吸を置いてからつづけた。
「……何があったか、俺は問わない。ただ、一つだけ、伝えたいことがある」
その前置きはあかん奴だろ。貴虎は思わず顔をしかめるが、鷹雄の表情は変わらない……はずだった。
突然、八鶴が鷹雄に向けて頭を下げた。貴虎は思わず訝しむように眉間にしわを寄せ、鷹雄は驚き、目を見開く。
「すまなかった。……俺は、何もしてやることができなかった。お前を支えることも、相談に乗ることも、放っておくという選択をすることも、なにも」
じわっと胸にしみこむような、そんな声音だった。
次は鷹雄が、口を開く。
「先輩。俺は……、俺は、もう、大丈夫です。気にしません。だから先輩も、もう気にしないでください」
短い言葉だったが、八鶴には届いたようだった。
彼はゆっくりと頭を上げて、ただ一言短く伝える。
「わかった」
||||||||||||||||||
「と、いうわけでめでたく加入したんわけなんだけどさ、一つだけ質問していいか?」
「はい……? 別に、僕は構いませんが……」
いつものホテルのロビーにて、貴虎は和兎に、鷹雄と八鶴に関する事の顛末をかいつまんで説明していた。聞いたところ、本当にいつも通りに二人の集会のはずなのだが……。
貴虎はぴしっと和兎の隣を指さして言った。
「どうしてお前がいんの? 鷹雄」
向かい合うようにして座る二人のほかに、もう一人、和兎の隣、貴虎と向かい合うようにして座っている、少年――鷹雄は、短くこう答える。
「は? ただ、企画のメンバーとお前が知り合いで、繋いでもらっただけだが?」
「経 緯 を 聞 い て る わ け じ ゃ ね ぇ よ」
珍しく取り乱している、というか、不機嫌になっている貴虎を面白がるように笑った後、鷹雄は大人しく説明を始めた。
「ほら、俺が先輩に誘われた企画の話あったろ?」
「おん、あったな」
なんなんだよ、と分かりやすく怪しんでいる貴虎に、鷹雄はあっさりと告げる。
「それ、お前も参加することになったから」
「…………ん?」
わかりやすい疑問符が、貴虎の口から漏れ出た。いまいち状況が呑み込めていない貴虎にわかりやすくため息をついて、鷹雄はもう一度、今度は言い聞かせるようにして繰り返した。
「だから、お前も、企画に参加することになったんだよ」
「あ、あはは……すいません。鷲峰先輩が大丈夫だろって猛プッシュして……」
和兎の気遣いからくるその一言で、貴虎はようやく状況を飲み込めた。そして、それと同時に理解した。
「鷹雄……。俺はお前を始末しなければいけないみたいだ……」
そう言われた鷹雄は、その言葉を鼻で笑って一蹴する。
「言ってろ。というか、俺としてはお前がその企画に入っていない事のほうが意外だったぞ」
「企画になんか興味なかったし、和兎とは企画関係で知り合ったわけじゃないからな!」
貴虎は声を荒げていった。けれど、決まってしまったことは仕方ない。本当は面倒くさそうな感じがしてならないが、まぁ、それはそれとして。
「そもそも企画ってなんだよ。龍真、だっけ? あいつは何考えてんだ?」
頭を掻きながら和兎に問うと、和兎はすぐに答えた。その、当然のように出てきた単語に、貴虎の思考はぴたりと止まることになる。
「音楽の、ライブだそうです。龍真さんの企画について、恥ずかしい話なのですが、僕自身も何が何だかは……」
音楽。
それは、確かに自分とかなり近しい部類の言葉ではあるが、歓迎している言葉でもなかった。
頭の裏から、あるいは腹の底から湧き上がってくる疑念や嫌な想像を押さえつけながら、貴虎は再び、和兎に聞いた。
「……別に、バンドとか、そういうわけじゃねぇんだろ?」
答えはすぐに帰ってきた。
「す、すいません……。それについても、僕は何も」
不安の残る言い方だったが、まぁ、別にいいだろう。貴虎はそう結論付けて、一つ、首を縦に振った。
「まぁ……、いいよ。参加はするさ」
とは言ってみた物の、胸の奥に残るわだかまりは、そう簡単には消えてくれなかった。
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