交わる音色はキーボード
5話 交わる音色はキーボード ①
この家は、案外狭いのかもしれない。
和兎は自身の家に関して特に、というか全く不満がない人間なのだが、今日初めて、そんなことをふと思った。
龍真が家に転がり込んで二か月が経つ。その日から、色んな人がこの家にやってきた。
八鶴に始まり、雨の日に貴虎、そして、今日は鷹雄。
一人きりだった時の和兎だったら想像できなかっただろう。こんなにも知り合いが増えたこと、そして、その縁あった人たちが全員、自分の家に来ることを。
「よっしゃー! 全員集合!! お前ら、くつろいでけ!」
「なんで龍真さんがそんなこと言ってるんですか……。ちょっと狭いかもしれませんが、ゆっくりしてってください」
ちゃぶ台を囲んでいる三人に、麦茶を用意する。五人分のグラスがなかったので、紙コップで代用せざるを得なかった。さすがに祖父も、この家に五人なんていう大人数が来ることを想定していなかったようだ。
「失礼する。ありがとう、和兎」
「家の床畳とか俺初めて見た……」
「初めては言い過ぎだろ」
和兎の家に来たのが初めての貴虎と鷹雄は、互いに軽口をたたきあいながらも、少し、畳や内装が気になっているようで、そわそわとしている。
「よし、じゃあ早速いいか?」
五人が集まったのは、和兎経由で龍真が招集をかけたからだ。
「そうだ。今日はどうして集まったんだ?」
四人の疑問を代弁するように、八鶴が龍真に尋ねる。実のところ、「呼んでくれ」と頼まれた和兎でさえも、龍真の真意を理解できていないのだ。
「あー、そのことに関してなんですけど」
龍真は思い起こすように、遠い口調で続ける。
「ほら、俺と和兎と八鶴先輩で企画書出して、不許可食らったじゃないですか」
当時、あの企画書の不認定を受けて一番焦っていたのは和兎だった。では、他の二人――龍真と八鶴はというと、元から一発でそれが認定されるとは思っていなかったからか、そこまで焦ってはいなかった。
「三人じゃなくて、人数が増えた五人だったら許可されんのかな。とか思ったりしてて」
八鶴が人を増やそうと過去の知り合いを探し回っていたのは、人数で実現性をアピールするという目的があったからだ。
「そ。それで、こっからが本題なんだけど」
ぽん、と手をたたいて龍真は話を仕切り直す。
「企画の内容について話そうと思うんだ」
「あ? 内容も何も、お前が一人でやるんじゃねぇの?」
そこで、貴虎が一言割り込んだ。その一言は、四人の共通認識であり、疑問でもあった。
貴虎からそう疑問を投げつけられた龍真だったが、彼は「甘い」と言わんばかりに首を横に振った。
「いや。せっかくこの人数集まったんだ。もっと面白いことができる」
面白いこと? と三人。和兎、八鶴、鷹雄は首をかしげたが、唯一、貴虎だけが内容を察したのか、表情を一瞬、ゆがませる。
龍真はあっさりと言葉をつづけた。
「バンド。しようぜ?」
||||||||||||||||||
「まさか、この年になって楽器を習うことになるとはな」
八鶴のしみじみとしたその言葉が、他の二人――和兎、鷹雄の気持ちを完璧に代弁していた。
場所は、駅の近くにある小さな楽器屋。地元に住んでいる八鶴達ですら気づかなかった外れにポツンとあるその店は、小さな敷地にそのジャンルを問わず、楽器が大量に置いてあった。
「柊さーん! 連れてきたぜー!」
龍真が店の奥、物置にそう声を響かせると、遠くのほうから穏やかそうな、「ほーい」という男の人の声が、帰ってきた。
しばらくその場で待っていると、声の想像通り、少しだけ気の抜けた四十半ばくらいの男性が、楽譜の入った段ボールをもって、店の奥から出てきた。彼は、龍真以外の四人の顔をちらりと見ると、
「まぁ、狭い場所だけど、ゆっくりしてって。詳しいことは矢原くんに聞きな」
と手短に言うと、また店の奥に消えてしまった。
「……あの人が、ドラムやほかの設備、練習場所を貸してくれるツテ、なのか?」
五人の沈黙を破って、八鶴は確かめるように龍真にそう聞く。店主の放任主義的なあの物のいいように若干あきれているようでもあった。
「あぁ。アンプも、ドラムも、電源とかも全部貸してくれるらしいぜ」
龍真は首を縦に振って肯定する。すると、立て続けに今度は貴虎が口を開いた。
「けど、楽器本体はタダってわけにはいかねぇだろ?」
その問いにも、龍真は首を縦に振った。
「あぁ。最低限それは買おう。……もちろん、安くて音もいいやつとかの目利きはできるから、十万がすぐ消えるなんてことは絶対にない。中古品もあるしな」
龍真は当然として、妙に楽器に詳しい貴虎と、詳しく下調べをしてきた八鶴との三人で基本的に会話が展開されているため、残された二人、和兎と鷹雄は置いてけぼりを食らっていた。
「……疎外感、すごいですね。調べてこなかった僕たちも悪いですけど」
「俺もそう思う……。あんなノリノリな八鶴先輩、初めて見た」
二人は顔を合わせて笑った。
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「バンド。といっても俺たちはずぶの素人だぞ。それに、楽器やスピーカー、練習場所も用意できるのか?」
バンドがしたい。と龍真が口にしたときに、真っ先に反応したのが八鶴だった。彼の当然の指摘に、龍真は自信満々に頷く。
「もちろん、ツテは用意してありますよ。それは俺がちゃんと用意します」
「そうか、なら良いだろう」
「「早くないですか!?」」
八鶴の即決に、思わず同じような反応したのは、鷹雄と和兎だった。そんな二人に、八鶴は逆に質問を返す。
「何か問題があるのか? 練習場所、設備がそろって、なおかつ時間もあるのなら、人前で恥ずかしくはない演奏をするのは無理な話ではないはずだ」
そんな八鶴の問いに、鷹雄が戸惑いながらも反論する。
「いや、いやいや。先輩。そういう問題ではなくてですね……その、俺は自分が矢面に立つってのは……」
「あぁ。俺も正直なるとは思ってなかった」
「なら……」
そこまで言いかけた鷹雄を八鶴は首を横に振って制した。
「しかし、手伝うと言って参加してしまった以上、何もしないというのは違う。それに、バンドは祭りの花にもなりえる。実際、それくらいの実力が我々につくのかは不明だが、現実的な数字はあるだろう」
鷹雄は少し、ためらうようにうつむいたが、やがて意を決したように頷くと、
「わかりました。やります」
とはっきりと宣言した。龍真の決定に、それ以降誰も、異議を唱えなかった。
「じゃあパートを――」
「俺キーボードな」
龍真がそう口を開きかけた途端、貴虎がそれを遮った。
「和兎はドラム。八鶴がベース、そんで鷹雄がギター。それでいいだろ」
突然の貴虎のバッサリとした物言いに、全員が一瞬、戸惑って言葉を失った。最初に口を開いたのは、またしても八鶴だった。
「それは、どうしてだ?」
問われた貴虎は、あっさりと開き直るように言ってのけた。
「俺は元経験者だからってのがあるけど、お前ら三人は素人なんだろ? だったらまずは適当に決めて、実際に触ってみてから考えればいいじゃねぇか。今決める必要はない」
「だ、そうだ。どうだ? 龍真」
八鶴は貴虎の主張に、特に異議はないらしい。それは、和兎も鷹雄も同様だ。
判断を仰がれた龍真は、急に口を開いた貴虎に圧倒されながらも、
「お、おう……。別に、それでいいけど……」
と、その提案を採用した。
……思えば、この時から既に置いてけぼりだったのかもしれない。
和兎は先日のそんなやり取りを思い出して、一つ、ため息をついた。
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