4話 吠えるギターは劣等感 ⑥
「あ、抜いた」
その言葉が貴虎の口からこぼれたのが、その快進撃のスタートの合図だった。
さっきまで、執拗なパス先潰しに苦戦させられていたその選手は、目の前の相手を出し抜くと、後ろ控えていた相手選手を、一人、また一人とするすると抜き始め、ゴールに向かって前進する。
抜かれた選手も、一人、また一人と彼の後ろについて行く。じわじわと差が縮まり、ひやひやしたのも束の間、ゴールに向かっている彼はそのままボールを前に蹴って、ゴールを決めた。
前半の終わりの事だ。
「あぁ、すげぇ速かったな……」
感心した様に言葉を漏らした貴虎の傍ら、一方で鷹雄の表情は、ピクリとも変わらなかった。
「…………」
貴虎はその表情をみて、鷹雄に話しかけようとして、やめた。
時々、鷹雄はああゆう風に、黙りこくる。
表情から、本当はどんなことを思っているかは分からないが、まぁ兎に角、はしゃぐのは何か違うような気がして、貴虎も空気を読んで、黙ることにしている。
鷹雄は案外面倒見のいい性格の人間で、サッカーど素人の貴虎に対して、最大限わかりやすく、かみ砕いた説明をしてくれたし、質問にも誤魔化さずに答えてくれた。
口調は最悪だが、教えることに関しては才能があるのかもしれない。
そんな中、貴虎は一つ、鷹雄に関して疑問を感じていた。
鷹雄のサッカーに対する知識量は確かなものだし、それに対する思い入れも、確かにあるのだろう。
骨折をしてしまった自分に苛立つ、あるいは、サッカーができなくて悲しい。は、分かる。けれど、さっきのその鷹雄の表情は、もっと別の感情から来ていると感じざるを得ない。どうして、あそこまで怒ったような、威嚇するような表情をするのだろうか。
貴虎にはそれが、分からなかった。
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「…………」
「気難しい顔してるのね」
重苦しい雰囲気を発している八鶴をみて、三鶴はため息交じりにそう尋ねた。
「いや、すまない」
三鶴にそう言われた八鶴はそう言って眉間を揉んで表情をほぐそうとしたが、それでも、彼から発せられる重苦しい雰囲気が消えることはなかった。
そんな八鶴を見て、三鶴は優しい声音で問うた。
「……どうしたのよ。また、鷲嶺くん関係の?」
「あぁ、今朝、話しかけようとしたのだが、露骨に避けられてしまってな」
八鶴は正直に白状した。彼とサッカーから離れた頃の間から元々少し距離感があったのだが、あそこまではっきりと拒絶されたのは、どう考えてもあの勧誘がきっかけだろう。
心配で仕方ない。
あそこまで張り詰めている鷹雄の、あの殺気だった表情は、思い出しただけで腹の底に冷たいものが広がる。大切な時に、なぜ、そばにいてやれなかったのか。いやな物が喉元から広がった。
「何よ、ほっとけばいいじゃない」
けれど、三鶴から出た言葉は、突き放す様なドライな物だった。
「それは……!」
八鶴は抗議しようと声を出したが、すっぱりと切り捨てる様な三鶴の声音に、それは阻まれた。
「心配のし過ぎは毒よ。それに、その経験はその子の物。私たちが関与して、彼のためになると思う?」
「しかし……」
三鶴の言っていることは紛れもない正論。反論しようと言葉を探したが、その選択の正当性は痛いほどわかる。三鶴は少しだけ申し訳なさそうに眉を下げて、困ったように言葉を続けた。
「まぁ……。八鶴の好きにすればいいと私は思う。私の言葉は別に気にしなくてもいいわ」
「いや。忠告、痛み入る……」
八鶴がそう言って、二人の会話は途切れた。
自分がしてやれること、そして、するべきこと。八鶴はまだ、決めかねていた。
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その日はどんよりとした曇り空だった。
いつものように鷹雄の所へ足を運んでいた貴虎がその異変に気付いたのは、そのいつもの階段のそばに、全く見ない、体格のいい謎の男が鷹雄に何か話しかけているのを確認したのがきっかけだ。
(なに話してんだ……?)
鷹雄とその男に見つからないように、貴虎は身を潜めてその会話に聞き耳を立てる。
「……から、…………いんだ」
「かわ…………んよ。……の、……んは」
耳のよさには自信があったが、どうやらそれは思い違いだったらしい。
言い争っている。というより、鷹雄がきつく拒絶しているようにも感じた。聞き耳を立てながら、ちらちらと彼の様子を見ながら、彼らの様子を見守る。
何か一通り話に決着が着いたのだろう。鷹雄の前に立っていた大男はため息を吐くと、とぼとぼといった様子で階段を下って、その姿を消した。
(あー。なーんか、面倒な時に来ちまったなぁ……)
ポリポリ、と頭を掻いて、思案を巡らす。
面倒事は嫌いだ。特に、人間関係がらみの物は。
ふと、そんな事を心の中でぼやいてると、鷹雄がふっとこちらを向いた。
「おい。貴虎、いるんだろ」
「ふぁっつ!?」
話しかけられるとは思っておらず、意図せず、変な声を発してしまう。
「丸見えだ、バカ。隠れるの下手すぎなんだよ」
まぁ、見つかってしまったのなら、仕方ない。貴虎はゆっくりと、物陰から鷹雄の前に移動する。
「あーっと、その……」
何を言おう。テキトーなことを言ってごまかそうと思考を巡らしていると、鷹雄はため息を一つ、ついた後に、貴虎に言った。
「今日のことは忘れろ。変に気を遣わなくていい。俺の問題だ」
「あー、うん……。そうさせてもらうわ。うん」
そう言ってコクコクと頷きながら、貴虎は話を終わらす。
多分、和兎から断片的に聞いた、龍真とか、八鶴とかいう奴らと揉めているあれだろう。正直な所、あまり関わりたくないのは、和兎に頼まれたときから少しも変わっていない。そんなの自分にとっては対岸の火事でしかないからだ。
けれど、知り合いに頼まれてしまったことを放り出すのも気に食わない。
「あの……、さぁ」
貴虎は迷う。歯切れ悪く鷹雄にそう呼び掛けると、貴虎は絞り出すように続けた。
「まぁ、お前の好きにすればいいと思うのは大前提なんだけど、まぁ、ね? うん。仲が悪いのは、少し、な? はは……」
「そんな事どうでもいい」
なよなよした貴虎の言葉を裂いたのは、これまで聞いたことのない冷たい言葉だった。
「俺はすぐに怪我を治してコートに立つ必要があるからだ。先輩の言う事や、知り合いの言う事を聞いて、のんきにしている場合じゃない」
「あー。うん。おーけー。おーけー」
あぁ、そうか。悲しんでんじゃない。焦ってるんだ。コイツ。
貴虎は薄っぺらい同調を口にしながら、はっきりとそう理解し、納得した。
よくわからない隣人のことを少しは理解し、親近感たと同時に、「あぁ、そんなことか」と腑に落ち、安堵して。そしてすこし、彼に、貴虎は落胆した。
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