4話 吠えるギターは劣等感 ⑤
外はまた、あいにくの天気だった。
そろそろ梅雨入りか。と、いつものロビーの広い窓から空を見上げて、貴虎は心の声を漏らした。
そんなことを思っていると、ふと、貴虎は和兎に声をかけられた。
「あの……、すいません」
「ん? なんだ?」
ぱっと視線を空から和兎に戻す。
和兎は少しだけ躊躇うように口をつぐんだ後、ゆっくりと、切れが悪い言葉を絞り出した。
「あの……すいません。少しお願い事、というか相談があるんですけど……」
貴虎は少し、面食らった。
集まって、本を読んで、それをまとめる。外聞だけだと文芸部みたいな事を、ほぼ毎日し合っている間柄だが、それ以上の付き合いはまるでない。
もちろん、不仲であるわけではない。どちらかといえば、良い方ではあるが、長い世間話とか、お願い事とかはされたことも、したこともなかったからだ。
「あーっと、お願い事? なんだ?」
別に聞かない理由もないので、和兎に内容を尋ねてみる。
和兎は少しだけ、言葉を探すように黙りこくったが、やがて、ゆっくりと口を開いた。
「その、僕たちは、夏にある文化祭の――」
||||||||||||||||||
「はぁ……」
日が若干長くなったように気がする。多分気のせい。
貴虎は和兎と別れた後、夕食を取ってすぐに、外に出た。
「……はぁ」
ため息が思わず漏れる。
世界は広いが、世間は狭い。改めてその言葉の信ぴょう性を、貴虎は肌で感じていた。気が抜けたような、なんというか、あーー、そことそこ繋がってましたか、みたいな。
驚きよりも先に、呆れが来た。この町狭すぎ……と、思わず愚痴を漏らしてしまいそうなことだった。
「もう二度と会わないと思ってたんだけど……」
貴虎が向かっているのは、いつぞや向かったあの公園。
和兎からのお願いを、断る理由はなかった。もちろん、受ける理由もなかった。
けれど、知り合いと知り合いが、実は友達の知り合いみたいな関係で、そこの間でトラブルが起きてて……。とかいう内容だったせいで、他人事と切り捨てることができなかったのだ。
「田舎ってこえー」
心の底からそう思った。
あの時、和兎が真っ青な顔して自分に、手伝わせてくれとお願いしてきた理由がよく分かった。他人事だと考えて面倒事を切り捨てることを、この土地では学ぶ機会が全くないからだ。
「みんながみんな優しいって、そう考える様にしよう。そうだな、うん」
と、言い聞かせながら、また、歩く。
そうしてすたすた歩いている内に、やっと見えてきた目的地。
相変わらずスケール感がおかしい公園を見下ろしながら、あの、長い階段に視線を飛ばす。
「……いるよ」
あいも変わらずアイツがいた。
怪我してんのに、休まずずっとコートを見ている、鷹雄とかいう奴が。
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「僕には……どの選択が正しいのか分かりません。八鶴先輩や龍真が、サッカーから一度離れてみてほしいという事にも納得がいきますし、それでもサッカーを続けていたい鷹雄さんの気持ちも、分からないわけではないんです」
「僕は、龍真を止めるべきなんでしょうか……。それとも、龍真と鷹雄さんが行くところまで突っ込むのを待つべきなんでしょうか……」
和兎の独白が、脳内をずっと巡っていた。
請け負ったはいいモノの、個人的には、鷹雄がどうなろうと知った事ではないし、個人的に、やる所までやらせればいいじゃん。とまで思っている。
「よー、きたでー」
座ってじっとコートを見ている彼に、ラフな感じで声をかける。
「……お前か」
鷹雄がふっと、こちらを向いた。相変わらずぶっきらぼうな声だった。
「また、隣いいか?」
そう問いかけると、彼は無視してコートに視線を飛ばす。「気にしない」そう、言外に表現しているようだった。
また、前回と同じように彼の隣に座る。
「……」
「……」
しゃべるな。ただの無言のくせに、そういわれている気分だった。
けれど、彼を知らない以上、和兎に何か言ってやることもできない。貴虎は独り言を装うように、彼の方を全く見ないで、言葉をこぼして見せた。
「……わかんね」
「…………」
無視で返された。そこまで不愛想なのかよ、そう思っていたら、
「わかんねぇのに何でここに来てんだよ」
と、辛口な一言をいただいてしまった。
和兎と、龍真とかいう奴の為だよ! 誰がサッカーになんか興味あるかバーカ! と言いたくなるのを必死に抑えながら、貴虎は何とかそれに食い下がる。
「いや、見てるだけで面白いじゃん? 退屈だったら教えてくれても……」
「いやだ」
まぁ、そうだよな。うん。俺でもしねーわ。
そこからは、ずっと、サッカーコートでの練習が終わるまで、無言の時間が続いた。ここまで気まずい沈黙を味わったのは、ここに来ては初めてだった。
||||||||||||||||||
貴虎はその日から、サッカー場を見下ろせるあの階段の場所へ、足繁く通った。
今日もまた、同じように、貴虎は鷹雄の所へ足を運ぶ。
「…………」
「…………」
隣に座っていいかは、もう、尋ねない。
そのせいで、数少ない会話のチャンスもなくなってしまったが、それはそれで仕方ない。貴虎は特に興味もないのに変に見慣れてしまったサッカーの練習試合を、また、あの階段から眺めていた。
「うわ、めちゃくちゃ飛ばすな」
キーパーがゴールから思いっきりボールを蹴って、コートの真ん中まで吹っ飛ばした。コート上にいるメンバーがボールの方へ集まってくる。が、ボールはすぐに誰かによって蹴られて、ゴールのすぐそばまで運ばれる。
ボールはまるで、選手全員をおちょくるように、コート中を飛んで、跳ねて、転がっていく。そしてそれを、マメのような小ささの選手たちが、奪いあう。
「大変だな……」
思わず、貴虎は零していた。
遠くにいるはずなのに、目が慣れて、ボールが追えるようになると、そのコートの熱気に引き込まれてしまう。
貴虎が鷹雄の事をすっぽり忘れて試合を見守っていると、ふと、鷹雄が小さく、さっきの貴虎の独り言に反応した。
「……当たり前だ。サッカーはあの広さのコートに対して十一人しか入れないんだからな」
「は?!」
貴虎は、鷹雄が反応したのが珍しくて、思わずバッと鷹雄の方を振り向いた。
珍しがっているのが気に食わなかったのだろう。鷹雄は不満げに息を吐いた後、
「そんなに珍しがんなよ。俺がうんちく垂れるのがそんなに変かよ」
と、相変わらず不機嫌な声で貴虎に言葉を投げかける。
貴虎はノータイムで頷いた。
「うん。変」
「ふざけんな」
短くそう吐き捨てて、鷹雄は試合に視線を戻してしまう。
何だかそれが面白くなって、貴虎は鷹雄に追い打ちをかけるように話しかけた。
「なぁ、良かったら俺に、あれの解説してくれよ」
「…………なんでだ」
すっごく嫌そうな顔で鷹雄は貴虎に問う。
貴虎はそれにさらりと答える。
「単純に俺が気になる以外に理由があるか」
「答えによってはやってやろうと思っていたけど、その答えだったら嫌だ」
「はあぁ!?」
貴虎がそう怒ると、鷹雄は一つ、
「はっ」
と、反応を一蹴して、視線をコートに戻した。
「てめふざけんな! 俺に教えやがれ」
「なんだよ、興味なかったんじゃないのか!?」
「いいやもう限界だね! 今教えろ、この場で教えろ、すぐ教えろ!」
「ふざけんな! じりじりと寄ってくんなよ!」
それから、鷹雄は渋々といった様子ではあるが、貴虎にサッカーを教えることになった。
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