4話 吠えるギターは劣等感 ④

 しとしと降り注ぐ糸雨が、神社の境内を優しく濡らしている。

 本殿のボロ屋根で雨宿りしているのは、ギターを険しい表情で弾く少年と、そんな少年をスマホ片手に、面白そうに観察する一人の少女。


「見てて面白いのかよ」


 少年、龍真は苦々しく少女に声をかける。

 龍真にしては珍しい、どこかぶっきらぼうで不機嫌な声音。しかし、その声を浴びせられても、少女、つばめは面白がるような素振りをやめなかった。


「うんー? 面白いよ。ギターとか、この辺りじゃ全く見なかったし」


「……そうかよ」


 そう言ってもいまいち威圧感がないのが龍真の弱点というか、決まらない所である。

 つばめはそんな龍真をくすりと笑って一蹴した後、そんな龍真に疑問を投げつけた。


「なんでそんなに不機嫌なの? 熊谷くんと何かあった?」


「いや……。和兎とはなにも」


 そっかー。と言って、途端に、飽きたのか喋らなくなる。

 龍真の頭にはずっと、八鶴が語った鷹雄の話が繰り返し流れていた。自分でもわかっている。どうしてそこまであの話に自分が反応してるかなんて。

 けど、今はそれをはっきりと自覚したくなかった。心の騒めきをわざと無視して、押し込める。

 穏やかな雨は、止む気配を全く見せなかった。



||||||||||||||||||



 遠い車のエンジンの揺れる音と、人々の硬い足音だけが、その夜道を満たしていた。

 太陽が沈んで、まだ間もない。

 ホテルから必要な物だけをポケットに入れて、貴虎はあてもなく飛び出した。


 とめどなくあふれてくる感情や言葉を押し込めるようにして、ただ、歩く。ヘッドフォンで外の音を遮断して、自分の足とアスファルトだけが、視界を満たしいていた。

 なんてことはない。ただの喧嘩。相手は大人であり、自分の保護者。


「はぁ……」


 ため息をついて、ただ、歩く。適当に疲れたら帰って寝よう。

 そう決めて、貴虎は夜道をひたすらに歩いた。


 煌々としている明かりにつられるようにして、貴虎は、ある広い公園についた。

 眼下には、様々なスポーツのコートが広がっている。基本的には、もう明かりが消えて、夜に沈んでいるのだが、ひとつだけ、まだ明るいコートがあった。

 人工芝の緑がうるさい、サッカーコートだった。


「…………」


 言葉にならないため息をついて、貴虎はとりあえず、公園に続く長い階段の適当な所に座った。

 ボールが跳ねて、それを自分と変わらないくらいの少年たちが必死に追う。

 何だかここで見ていると滑稽だ。

 もうそろそろ梅雨で、それが明ければ夏だというのに、夜風は酷く冷たいように感じた。まぁ、ちょうどいいか。前かがみになって顎を手のひらのっけて、貴虎はただ、ぼんやりとその少年たちの試合を眺めていた。


 半分寝てるような状態だった貴虎を起こしたのは、カツ、カツ、といった規則正しい何かを叩く音だった。

 その音の正体はすぐに分かった。松葉杖だ。

 退いた方が良いかな。立ち上がろうとして、後ろを振り向く。


「……気を遣わないでいい。隣、座るぞ」


 松葉杖の少年は、ぶっきらぼうな感じでそう言うと、ゆっくり、背中を階段にひきづるような感じで貴虎の隣に座った。そうしないと、座れないのだろう。足に巻かれたギプスが、痛々しく事情を物語っていた。


「…………」


「…………」


 互いに、何もしゃべらない。

 しばらく無言の空白が続いたが、やがて、ギプスの少年が口を開いた。


「お前、名前は?」


「……は? なんだよ、急に」


 突然、質問をなげつけられ、思わず言い返した。彼はむずがゆそうにため息をついた後、言葉を漏らした。


「見ない顔だからだ。この町は小さいから、同年代の顔は全員覚えれる」


 あぁ、なるほど。考えてもみなかったことを指摘されて、貴虎は目を丸くした。

 確かにそうだ。自分の同じ世代の人間は、全員同じ学校にいくから、そりゃ、同じ世代なのに見ない顔は、結構目立つはずだ。


「あー、っと。俺は、館山たてやま貴虎たかとら。お前は?」


「俺は鷲嶺わしみね鷹雄たかお


 鷲なのか鷹なのかハッキリしろよ。と言いたくなる名前だ。けど、言ったら問題になりそうだから、言わない。

 誤魔化すように、貴虎は適当な話を振った。


「怪我してんのになにしにここに来たんだ?」


 鷹雄は短く答える。


「お前と同じだ。サッカーを見に来た」


 別に俺はサッカーを観戦しに来たんじゃねーよ。

 訂正したくなったが、本当のことを言うのも面倒だったので、適当に相槌を打って話を返す。


「ふーん」


 サッカーをしてて、練習か何かで骨を折ったんだろうな。と、雑に結論づける。


「わざわざ怪我してんのに見に来るほど、好きなんだな」


「……まぁ、そうだ」


 互いに、意味のない適当な相槌と返答をして、その短い会話は幕を閉じた。

 サッカー場では、キーパーが思いっきり遠くにボールを蹴っ飛ばしていた。



||||||||||||||||||



 小雨がぱらつき始めた。

 どんよりとした灰色の雲と、遮られた白い日光が、薄暗く響町の駅周辺の店たちを照らしていた。

 いつからか、龍真にとって昼の響町は少し、居心地が悪い時間になった。

 いかんせん、平日の昼間でかつこの年齢だ。子供がほとんどいない駅周辺は、視線が変に痛い。

 気にしていなかったはずなのに、気にならなかったはずなのに、なぜか今は、妙に気になってしまう。自分は、この町にとっては異質な存在で、普通、このくらいの年齢の子供はここにはいないはずだ、と。

 もちろん、作り出した方便はある。けれど、誰もがそんなことを親切に聞いてくれるわけではない。

 結果として龍真は、疑惑の視線を浴びながら、その駅周辺を散策することになった。

 そんな感じで目立つようになった今、なぜそんなして駅周辺を散策するようになったのか。情けない話だが、散策すると決めた当の本人である龍真ですら、ハッキリとした理由は語れない。

 ただ、なんとなく、この辺に胸の中につっかえている何かを取り払って、ぐん、と先に進みたい。そんな、抽象的で、具体性もない理由だった。


「……」


 短く、ため息を吐く。

 陰鬱とした気分は、小雨なんかでは洗い流されなかった。



「ただいま……」


 ひどく低く、しおれた声でそう告げる。

 珍しく、和兎の方が早く帰宅していた。もう夕食の準備をしていてもおかしくない時間なのに、今日はちゃぶ台を出してじっと、何かを見ていた。


「……何見てんだよ?」


 首を伸ばして、彼が見ている物を背中から覗き込む。


「龍真さん」


 和兎はそれ以上何も言わなかった。

 龍真は和兎の手元を覗き込む。


 そこには、八鶴と、和兎と三人で書いた響魂祭への企画書。

 そしてその企画書には、赤い文字で、「不許可」とだけ書かれていた。

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