2話 唸るベースは滅私と愛 ⑦
「……誰も居ねぇもんだな。つばめのヤツ、今日は居ねぇのかもな」
龍真は一つ、あくびを漏らした後、きょろきょろと神社を見渡しながら、見たことのある姿を探した。
……今日はどうやらいないらしい。居たら居たらでやかましいが、居なかったらそれはそれで寂しい。
「ん~」
龍真に少しだけ、冒険心が芽生える。
普段は鳥居をくぐってすぐの手水舎の残骸や石灯籠のそばに腰を掛けているが、今日はつばめがいないのだし、普段つばめが座っている本殿への階段に座ってやろう。
そう思ったら行動は早かった。
龍真はすたすたと本殿に近づいて、階段にギターを立てかける。
そして、そこですぐに思い立つ。
(そういやつばめのヤツどこから入ってきたんだ?)
思えば、初めて会った時、つばめは後ろ側から声をかけてきた。冷静に考えればおかしい事だ。ギターを弾いていたとは言っても、前からくる人に普通は気付かないだろうか?
冷静に考えて、後ろにも入り口がある方が考えやすい。
(ならちょっと見てみっか)
龍真は好奇心が赴くまま、本殿の階段を降りて、脇にすすむ。
「――――」
本殿の陰になっているその場所は、思った以上に暗くて龍真は思わず顔をしかめた。夕陽に照らされて幻想的に仕上がっているが、冷静に考えて、寂れ、ぼろぼろになった神社というのは、不気味の象徴そのものだ。
「気味悪……。ん?」
ふと、裏手の森に視点が行く。
そこには、少しだけ開けた階段が一つ。「あぁ、こっからつばめは入ってきたのか」と思ったのも束の間、
「――――」
人の声のような揺らぎが一つ。
思わず全身の産毛が逆立った。聞き間違いのような、それでもって聞き間違えないような、ハッキリとした人の声の揺らぎ。
「……え、こわ」
思わず零す。
「――」
人の声はそれでも聞こえてくる。それはもはや幻聴では済まされない、ハッキリとした音の類い。
「……こりゃ、泣き声?」
眉をひそめる。じっくりと目を凝らして暗闇を覗き、耳を澄ます。
「――ん」
声。女の人の、声。
場所は……後ろ?
龍真はバッと振り向いた。そしてそこには、
「……えっと、え?」
体操座りで膝に顔をうずめている、見慣れた少女。
つばめがいた。
|||||||||||||
「さいってー」
「…………」
「サイアク」
「……いや、あのですね?」
「なんでここに毎日来るの……」
龍真は思わずため息をついた。
本殿の階段の途中、並ぶように龍真と三鶴は座っている。ぼそぼそと呟かれる怨嗟の声にチクチクと心を攻撃されて、龍真は思わず肩をすくめる。
「…………」
何か言わないといけない気がしなくもないが、何か言ったらそれはそれで面倒なことなりそうな予感がする。龍真は逃げるようにギターを取り出した。
「……ずっとギター弾いてる」
「いや、悪いか……?」
「別に。お気楽そうでうらやましいわ」
「ぶっ殺すぞてめぇ」と反射的に叫びそうになる。
何が気に食わないのか、なにか龍真が行動を起こすたびに嫌味をチクチクとこぼしてくる。
(状況が状況なら絶対殴ってた……。いや、今からでも殴ってやろうか?)
真剣にそう考えながらも、龍真はなんだかんだでつばめの事が気になっていた。
「……何よ」
また、不機嫌そうにつばめは龍真に問いかける。
「いや……。まぁ、なんかその、珍しいなって」
つばめが発する不機嫌な雰囲気に気を遣いながら、龍真はそう言ってみたが……。
「何それ、キモ……」
「やっぱだめだてめぇを今からぶっ殺す」
ギターを片手に立ち上がる龍真。
上から見下ろしたつばめは、じっ……、と龍真はそのまま見返した。
「……殺されたくなかったら何があったか俺に言ってみるんだな」
龍真は頭をガシガシと掻きむしりながら、犯罪者じみた言葉を口にする。
しかしつばめは、そんな龍真の気遣いをそのまま、
「言わない。帰って」
そっけない言葉で跳ね返した。
思わず龍真は最大級の舌打ちを仕掛けたが、冷静に考えれば、「話せ」という要求はなかなかにハードルが高かった。龍真は少し小さくため息をついた後、
「……まぁ、なんつーの? 話したくないんなら別にいいぜ? ただ……」
龍真はギターをギターケースに入れて、背負った後、これ以上嫌味を言われないように去り際に言い残した。
「ため込みすぎは体に毒だぜ? まぁ、知らねーけど」
取り残されたつばめはただ一人、ため息をついて零した。
「自分の親が本当は親じゃなかったなんて、言えるわけないじゃん……」
|||||||||||||
油を敷いたフライパンの上を、不均一に切られてしまった玉ねぎが滑る。
重なっている玉ねぎをばらばらにしながら、和兎は明日の学校の事をぼんやりと考える。考えても意味のない妄想を、だらだらと続ける。
今日のメニューは生姜焼き。
誰しもが頬を緩ますはずのいい匂いが家中を漂っても、和兎の表情筋はピクリとも動かない。
「ただいまー……って、今日は生姜焼きか」
ふと突然、龍真が外から帰ってくる。
「あ、あぁ、おかえりなさい。手を洗って、ご飯にしましょう」
「そうだなぁ……。あー腹減ったぁ」
あくび交じりに龍真は洗面所へと消えてゆく。
(龍真さんに話したら、だいぶ楽になるのでしょうか……)
自分の頭にふとよぎったよこしまな考えを、和兎は頭を振って弾き飛ばす。
そんなことを相談したって、現実は変わらないし、そんな思い事をわざわざ伝えて、龍真を困らせたくなかったからだ。
「うい~……手ぇ、洗ってきたぜ……」
腹が減っているのか、若干疲れ気味の龍真に和兎はお願いをする。
「ごめんなさい、もう少し生姜焼きに手間取りそうなので、先にご飯とみそ汁をよそってもらえませんか?」
「おー、りょーかい……」
なかなかぱっとしない空気の中、そそくさと夕食の準備が進んでいた。
ちゃぶ台に広げられたのは、白米、玉ねぎの味噌汁と、真ん中に置かれた大きな生姜焼き。
「いただきます」
「いただきまーす」
二人はそう手を合わせた後、もくもくと食事を始める。
生姜焼きは和兎の得意料理の一つでもある。普段は漬物を主菜にすることも珍しくない和兎だが、日曜日だけは奮発して少しだけ豪華な物を作る。
特にこれといった理由はないが、しいてあげるとするのならば、月曜日に向けてもゲン担ぎ、だろうか。
――。
箸と食器がぶつかる音と、二人の咀嚼音だけが居間に響く。
互いに腹に何かを抱えながら、会話の取っ掛かりを探り合う。最初に口を開いたのは、タイミングの探り合いに痺れを切らした龍真だった。
「……今日、つばめと会った」
「……つ、つばめさんと、ですか? 二回連続とか珍しいですね」
箸を止めて和兎は龍真と向き合う。
龍真は小さく頷いた。
「まぁ、共通のたまり場があるんだよ……。それは別に本題じゃなくてさ」
龍真は一口、切り出すのを遠ざける様に味噌汁と口に含んだ後、諦めるように、そして零すように言った。
「何かつばめの家であったみたいだ。……多分、家族関連のごたごたした」
「……! 本当ですか!?」
思わず思い切り食いついてしまう和兎。
龍真は若干気圧されながら、「お、おう……」と何度もうなずいた。
「……あ、す、すみません。…………」
三鶴の事を伝えるか、一瞬ためらった和兎。
しかし、龍真にだけ言わせて自分が言わないのは失礼だ。和兎はそう自分に言い聞かせて、龍真に向けていった。
「僕も、三鶴先輩経由でなんとなく思っていました。……家族の事、って言うのは多分本当だと思います」
「やっぱりそうか……」
龍真はそう零すと口に手を当てて何か考える。
「あの」
「あのさ」
二人、切り出しが同時にかぶる。
「あ、あぁ、先、いいぜ」
和兎が何かを言い出す前に、龍真が抑えるよに先に譲る。
会話の主導権を渡された和兎は、言いよどみながら、チロチロと零すように言葉を紡ぎ出した。
「……その、も、もちろん他人の家の問題ですし、あまり踏み入れるべきではないとわかってはいるんですけど。その……、ぼ――」
「和兎。多分だけど、俺も同じこと考えてるぜ」
龍真は和兎の言葉を奪うように引き継いだ。
「……何かしたい、だろ? つばめや三鶴さんが何か辛そうにしてんのは、俺たちも辛くなって構わねぇ。大きなお世話かもしんないけど、何かしたい――」
「はい、そうです」
和兎は素直に肯定した。だが、それでも和兎はまだ躊躇っていた。
「……それでも、本当にいいのでしょうか? 家族の問題は、家族の中で解決するべき問題だと思うんです。ずかずかと踏み込んでも、ただ関係を悪化させて終わるんじゃ……」
「じゃあ、俺たちはあいつらの辛気臭い空気に当てられながら毎日を過ごすのか?」
容赦のない龍真の指摘に、どもる和兎。
しかし、龍真も和兎の懸念点を無視したいわけではなかった。
「まぁ、もちろんお前の言ってることはド正論で、その通りだと思う」
龍真は「だから」と言葉を引き継いだ。
「俺たちはお膳立てするだけだ。要は、あいつらを本気でぶつけてやりゃいいんだろ?」
龍真の意図が分からず、和兎の頭上には、大きな「?」マークが浮かんだ。
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