2話 唸るベースは滅私と愛 ④
二人の間に、一瞬の静寂が生まれる。
龍真はただ、中学生。という言葉を頭の中に反芻していた。
(あれ? 俺もしかして、中学生って思われてる?)
龍真が結論を出した時とほとんど同時に、少女は言葉を続けた。
「それってギター? すっごい綺麗な音したけど」
龍真は思考を一旦頭の隅に追いやって、その質問を返した。
「うん。これギター」
短い会話。しかし少女は、龍真のそっけない返答に全く動じず、どんどんと会話を続ける。
「というか君、どうしてこんな所にいるの?」
龍真は思わず彼女から目をそらす。答えられないからだ。
少し考えた後に、龍真は嘘をつく。
「……迷子。じいちゃんの墓参りに行ったんだけど、親とケンカしてここに来た」
「ふぅん。中学生ってめんどくさいのね。親とケンカって大変そう」
てめぇから質問しておいてなんだよ。と言いかけたが、その言葉を飲み込んだ。どうやら、信じてもらえたようだ。
会話が途切れて、神社の静けさが二人を包む。なんだか少し気まずくなって、ギターの弦をはじく。
――。
変わらないギターの音色が、境内に響く。
二人の間の静寂を、何とか取り持った。
「……君、ここの場所のこと分かるの?」
「まぁ、少しは」
「て言っても、こっからどう帰るの? 両親が何処に居るかわかるの?」
「…………」
答えられない龍真。
当然だ。龍真に喧嘩する両親なんていないし、帰る場所については他人の一軒家だ。龍真は無視を決め込んで、まだ、ギターの弦を弾く。
――。
つばめは大きなため息をついた。
「ばーか。携帯は?」
うるせぇ! と言い返しそうになるのを耐えて、龍真は答える。
「ない。親の場所なんてもっと分からない」
「ばーーーか」
コイツ……。龍真は歯を食いしばって何とか耐える。無視を決め込んで黙っていると、ふと、つばめが零すように言った。
「じゃあ君、家に来る?」
「家? お前の?」
龍真は驚いて思わず聞き返した。
つばめは頷く。
「だって、携帯ないんでしょ? じゃあ、私の家で電話をかけるなりなんなりすればいいじゃない」
「……はぁ?」
東京育ちの龍真にとっては分からない感性だった。龍真の反応が気に食わないのか、とげとげしくつばめは言い返した。
「知らないだろうけど、ここ、地元の人ですら立ち寄らない場所だからね? 夜になったら冷えるし、それで風邪ひくのはあんたの勝手だけど、心配する親の気持ちも考えたら?」
「……」
思わず龍真は考え込んだ。
親が心配する、という言葉は、今の龍真に大きくあてはまる事だからだ。
(親……。親かぁ……)
そんな感傷に浸っているのも束の間、いつの間にか龍真は首根っこを掴まれて、持ち上げられていた。
「ま、とりあえず私ん家に行きましょうか。どうせ暇でしょ?」
「え……!? いや、待て! おま、それいいのか!?」
慌てふためく龍真に、つばめはいたずらっぽく笑って答える。
「アンタみたいな子供を外にほっぽっておく方が問題よ」
そして龍真は、引きずられる形で雀鷹谷家に行くことになった。
||||||||||||||||||
「って、事があったわけだ。わりぃな、和兎」
反省しているのか、反省していないのか、よくわからないへらっとした笑顔で、龍真は長い回想を締めくくる。
「いや、別に怒っているわけではないんですけど……」
龍真にも龍真なりの事情があった事を理解した和兎は、強く前に出れなかった。
「やっぱ俺、そんなにちっさく見えんのか?」
「あ、いや……。特にそんなことは……」
そんな会話を繰り広げていると、いつの間にか家から外に出た巣鴨が、龍真と和兎に声をかけた。
「二人とも~! ご飯冷めちゃうわよ」
二人はほぼ同時に返事した。
「はい、今行きます!」
「うい~。行きますよ~」
|||||||||||||||||||||
ふと、壁にある時計を見上げると、もう針は八時の方を刺していた。
食事を終えた和兎達は、各々、別々の話で盛り上がっていた。
「ねーねー三鶴。響魂祭について龍真に教えてやってよ」
「あら? 響魂祭に来てくれるの?」
「もちろんです! 俺、祭り好きなんですよ」
龍真は情報収集に精を出し、
「それで、和兎君はいつ買い物に行ってるの?」
「休日……。最近は土曜日にまとめて買っちゃう感じですね。帰り道の反対なので、ちょっとめんどくさくって」
「あら? 明日なの?」
和兎は巣鴨から飛んでくる質問に答えていた。
ふと、食器をの片づけをしていた八鶴が、巣鴨に声をかけた。
「母さん。熊谷たちはもう返した方がいいんじゃないか? 明日は休日と言っても、もう八時だ」
巣鴨は驚いたように壁の時計を見上げると、申し訳なさそうに和兎に言った。
「あ、あら……。もうこんな時間か……。ごめん和兎君。話し込んじゃった」
「あぁ、いえ。気にしないでください。僕も楽しい時間を過ごせました」
和兎はそう笑って返事をすると、席を立って会話をしている龍真に言う。
「ほら、八鶴先輩もそう言ってますし、帰りましょう?」
すると、龍真は不満そうに唇ととがらせて駄々をこねる。
「えー。いいじゃん。もう少し居たって」
「だめです。僕たちは僕たちで深夜徘徊だし、先輩たちの家族にも迷惑が掛かります」
和兎がそうきっぱり告げると、龍真は渋々といった様子で立ち上がった。
玄関にて。三鶴たち三人が見送ってくれることになった。
「ありがと。つばめ、三鶴さん」
龍真は二人に手を振った。
「うん! 私も楽しかった! また響魂祭の時にね~!」
「楽しみにしてて!」
どうやらすんなりと打ち解けてしまったらしい。龍真のコミュニケーション能力に和兎が苦笑いをしていると、ふと、思い出したように巣鴨が手を叩いた。
「あ! そうだ! 八鶴。二人の事、送ってあげたら?」
「あぁ、いいえ。別に大丈夫ですよ! 道、分かってますし」
和兎はそういって遠慮したが、今度は八鶴が、
「問題ない。それに、もう暗いしな」
と、その巣鴨の提案に同意した。
「八鶴も言ってることだし、やっぱり二人じゃ少し不安だわ。八鶴、頼んでいい?」
「わかった」
そうして、二人の帰路に、八鶴が混じることとなった。
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和兎と龍真の一歩後ろをついてゆくような感じで八鶴は二人を山のあたりまで送ることにした。
八鶴が始終無言なのに対し、和兎と龍真は八鶴がぎりぎり聞き取れないような声の大きさで、何か話していた。
「なぁ、あの八鶴って人は、いつもあんな感じなのか? 正直、マジで気まずいんだけど」
「そう……ですね。別に何か機嫌が悪いとか、性格が悪いとか、そういうのじゃないので、気にしないでください。悪い人ではないので」
「お、おう……」
ふと、三人の間を夜風が通り抜けた。
五月の夜はまだ少しだけ肌寒い。静かで冷たい空気の匂いは、八鶴にとってはどこか懐かしかった。
「……あの、八鶴、さん?」
ふと、龍真に声を掛けられる。
「どうした? 矢原」
八鶴はできるだけ柔らかい感じを意識して、返事をする。
「……えっと、八鶴さんは何か好きな事とか、好きなもんとかありますか?」
「……? 好きな物、か?」
真剣に考えこむ八鶴。
そんな中、和兎は龍真を引き寄せて、また二人だけで話をする。
「合コンなんですか!? そのベッタベタの質問は!!」
「だって、仲良くしといたほうがいいだろうがよ!! それに、無言のまま山までとか、お前らは顔見知りだからいいだろうけど、俺は嫌なんだよ!」
「龍真。和兎」
そんな風にいがみ合っている二人の会話を、八鶴の呼びかけが切った。
あ、やべ……。と、焦りの表情を浮かべる二人を気にせず、八鶴は言った。
「好きな事は運動と料理だ。最近は香辛料にはまっている」
「いやそこ律儀に反応すんのかい!」
龍真の叫び声が、夜道に響いた。
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和兎と龍真、二人を見送った後、八鶴は一人でさっきまでの道を逆戻りしていた。龍真といる時、和兎はもっと感情的に、もっと……人間らしくなることを知った。
ふと、長い付き合いだったはずの後輩の見なかった一面を見て、八鶴は何だかむずがゆいような、照れくさいような、そんな感覚を噛み締めていた。
ところで、あの龍真という少年は、一体何なのだろう? 八鶴の脳裏にふと、そんな疑問が浮かび上がる。
龍真と和兎は初対面なのだろうか? 家族との関係は? そもそも、和兎自身の家族関係すら知らない。
言語化できない、しかし確かに存在している、なんとも言えない違和感が八鶴の脳にはこびりついていた。
(まぁ、考えても仕方のない事か。答えは出ない)
八鶴は頭を振って、さっきまでの思考を振り払った。
|||||||||||
「ただいま」
玄関の扉をあけて、八鶴は靴を脱ぎながらそう言った。
――――。
しかし、まだ一回の食卓にいるはずの巣鴨たち三人からの返事はなかった。
(おかしい。何かあったのか?)
首をかしげながら八鶴は食卓を覗いた。
つばめが、三鶴と巣鴨と向き合うような形で座っている。
「……あ! 八鶴。おかえりなさい」
最初にそう反応したのは三鶴だった。
明らかに雰囲気がおかしい。八鶴は巣鴨に尋ねた。
「何があったんだ?」
しかし、帰ってきたのは短い一言。
「ごめんなさい」
意味が分からず八鶴が立ち尽くしていると、突然、つばめが八鶴に飛び込んできた。
「…………」
八鶴は言葉を交わさずとも、もう、理解した。
「……巣鴨さん。言ったんですね?」
ふと、妹の前では控えていた養母に対する口調が、勝手にこぼれていた。
「つばめには言わない。そう言った約束でしたよね」
そして、八鶴は言った。
「――――」
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