2話 唸るベースは滅私と愛 ⑤

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 昼前の輝かな日光を浴びながら、和兎は大きめの買い物バックをもって、山を挟んで向こう側、雀鷹谷家のがある方へ向かっていた。

 理由は簡単で、来週の食事をストックしておくためだ。


「~~♪」


 買い物は、和兎のできるストレス解消の一つだ。

 食材を見比べて、それをどう調理するかを考える。大好きな物を作るのもあり。冒険するのもあり。とても自由で、開放的な世界が、和兎は大好きだった。


 いつもの通学路を通り過ぎて、まだまだ慣れることのない住宅街、そしてスーパーへの道をだどる。


 コンビニを過ぎて、大きい薬局を過ぎて、たどり着いたのは、大きな所ピングモールの一階。

 カートを押して、まず野菜から見る。


(最近キャベツが安くなってきてるんですよね……。サラダ、味噌汁、あとは炒め物? とかどうでしょう)


 一つの食材で、様々な空想が広がってゆく。

 それはまるで、ひとつの作品から様々な人が二次創作や考察などで色を足してゆくようで……。

 

 そこまで考えついて、和兎は頭を振った。それ以上は、思い出すべきではなかったからだ。

 そして、丸々と大きいキャベツを取ろうと手を伸ばしたところで、


「あ」


 ふと、見慣れない若い手とぶつかった。


「すいませ――」


「ごめんな――」


 謝ろうとして、相手を見ようと顔を上げると、


「……三鶴、先輩?」


「熊谷くん?」


 思わぬ出会いが、田舎のスーパーで起きてしまった。

 

 いつも行っているショッピングモールに、こんな場所があるなんて思いもしなかった。

 高い天井、心地の良い音楽、落ち着いた色味の家具たち……。いわゆる、お洒落なカフェ。

 和兎と三鶴は、向かい合うように座っていた。


「……なに? 熊谷くん」


 三鶴に怪訝そうに尋ねられて、和兎ははっとして言葉を返す。


「あっ、すいません……。あんまり、こういう場所には慣れなくて」


 和兎は誤魔化すように、三鶴におごってもらったレモンティーを一口飲んだ。

 心地のいいように、と最大限配慮されたその音、空気、味、何もかもが、和兎の肌には徹底的に合わなかった。そわそわして、なんだか落ち着かない。


「熊谷くん」


「はいっ」


 緊張して、思わず声が上ずってしまう。そんな挙動不審な和兎をみて、三鶴は少しだけ申し訳なさそうに眉を下げた。


「ごめんなさい。こういう場所、苦手だったのね」


「あ、いや……。あの、その……」


 否定しようと思っても、上手く言葉が出てこない。

 三鶴に「気は遣わなくていいわ」と逆に心配されてしまう。


「……自分の体の、ありとあらゆるくすぐったくてむず痒い所を、不躾に触られて撫で回されている気分です」


 目をそらして、おとなしく今の気分を吐露する。すると三鶴は突然


「ふーー!」


 とふきだした後、出来るだけ笑いを押し殺した声音で言った。


「なにそれ……。もっと単純に、むずむずする。でいいじゃない……」


「……先輩が言ったんですよ」


「ごめ……ごめん……」


 三鶴はひとしきり笑ったあと、違う話題を切り出した。


「ところで、熊谷くん。改めて、昨日はありがとう。お母さんも満足そうだったわ」


「それは良かったです。僕も楽しい時間を過ごせました。と伝えてください」


「えぇ。まかせて」


 三鶴は小さく微笑んだ。和兎はなんとなく、気になった事を口にする。


「えっと……。三鶴先輩」


「ん?」


「三鶴先輩はどういった用件でここに? スーパーに買い物へ、っているのは分かるんですけど、すみません。こういうのって……」


 言いかけて、和兎は黙る。踏み込みすぎた。そう感じたからだ。

 けれど、三鶴は特に気にした様子も見せず、和兎の疑問に答える。


「そうね。けど、今日は私。お母さん、少しだけ体調崩しちゃって」


「……! 大丈夫なんですか?」


 和兎は食い気味に三鶴に聞いてしまう。

 三鶴は静かにうなずく。


「えぇ、全然大丈夫。大丈夫なんだけど……」


 言葉のキリが悪い。和兎はその仕草で、これ以上は踏み込んではいけないことを悟った。

 けれど、和兎はどうしても気になってしまう。彼女の声のすぼみ方、慣れない、視線のそらし方、話題に不釣り合いなほどにしおらしい声音……。


「…………」


 和兎は何も言わなかった。いや、言えなかった。

 絶対に何かある。何かあるのは分かるのだが、何も言えなかった。気味が悪いくらいに軽やかな、カフェの音楽が二人の距離にこだまする。


「……もう時間だ。先帰るね」


 短くそう言った後、三鶴は荷物を持って立ち上がる。


「はい、わかりました。……また、学校で」


 そうして、和兎は一人、カフェに取り残された。



||||||||||||||||



 龍真にとって、休日も平日も、やることは変わらない。

 いつものようにギターを弾いて、いつものように楽器屋に行って、そして、いつものように帰宅しようと歩を進め、廃商店街に差し掛かった所、ふと、昨日の神社を思い出した。

 前回はつばめという思わぬ来客がきたが、今回は大丈夫だろう。

 そんな雑な期待を胸に、龍真は神社へ続く長い階段へと進行方向を変えた。


 あいかわらずの長すぎる階段を一段ずつ上へあがる。

 石畳の硬い感覚を靴越しの足裏で確かめながら、風が木々をなぐ音を聞きながら、緑の匂いを胸いっぱいに吸い込んで、階段を上る。


 階段を上り切り、所々剥げている鳥居をくぐり、境内に足を踏み入れる。


「……あ」


「お?」


 そこには、神社の本殿に続く階段に寄りかかり、ボーっとスマホをいじっているつばめがいた。そう、昨日に続き今日も、またこの場所で、つばめと出会ってしまったのである。


「……うげ、あんたまた一人でここに来たの?」


 また。と聞かれてほんの一瞬戸惑う龍真。

 今まで『大学生の矢原龍真』としてふるまっていたから当然だろう。しかし、ここで簡単にぼろを出すほど、龍真も小心臓ではない。すぐに昨日の自分を引き出すと、


「別に。その後すぐに仲直りしたよ。……今日は気まぐれでここに来た」


 と、肩をすくめて答えた。

 しかし、聞いた当の本人は興味なさそうに、


「ふーん……そ」


 と突き放すと、またスマホへと視線を落としてしまった。

 「てめぇから聞いてきたんだろうがよ」と叫びたくなるのを何とか抑えて、龍真は地面に腰を下ろすと、ギターを取り出した。


 そこから、どれくらい時間が経ったかは覚えていない。


 ふと、ギターを弾いている龍真に、つばめは語りかけた。


「矢原はさ、」


「あ?」


 弦の揺れを手で押さえた後、龍真は声の方へ振り返る。


「カッコウの托卵、って知ってる?」


 なんだよ、藪から棒に。と訝しみながらも、龍真は正直に答えた。


「知らねぇ。俺が知ってるのは雀と鴉と鶏だけだ」


 バッサリと会話を切り捨てる。

 つばめはそれ以降、「そっか……」といったのち、まったく口を利かなくなった。


(なんだよ、気味わりぃ。あんな静かな奴だったか?)


 龍真は境内に充満する辛気臭さがどうも気になって、ギターを弾くのをやめた。

 そして、ケースに入れて立ち上がると、つばめの方を振り返り、


「じゃあな。多分明日もここに来る」


 と言い渡して、さっさと境内を後にした。

 靴の中に小石が入っているような、変な異物感と妙な罪悪感を覚えて、龍真は小さくため息をついた。

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