スリーコードはセブンスへ
3話 スリーコードはセブンスへ ①
0520
和兎の家にて――。
風呂を上がり、冷たい麦茶をちびちびと飲みながら龍真はぼんやりと考え事をしていた。和兎が風呂に入っている間のこの居間は、酷く静かだ。
――――。
何、と形容しがたい虫の音色の様な、夜特有の静かだがどこか安心感のある音だけが、家の壁をすり抜けてぼんやりと今に響く。
(あの神社につばめ達を引き合わせてからもう結構経ったよなぁ……。つばめの様子を見るに最悪な展開は免れてそうだけど、こうなぁ……)
ぼんやりと、響魂祭への日程のカウントダウンを計算する。
八月まであと三ヶ月……。焦ることもないが、ぼんやりとしていたらすぐに消えてしまう時間。
八鶴をどうにかして引き入れたい。龍真の目的は、ただ一つに定まっていた。
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0521
生徒会の仕事はそれから書類仕事だけになった。
有志企画の募集が始まってから、生徒会の仕事は企画書類の整理、承認済み企画の場所、予算配分と、掃除の肉体労働とはまた違う仕事が始まった。
ただ、和兎の仕事というのは基本的に、
「だから、どっちかって言うと露店の予算は切り詰めるべきではないと思うのよね」
「しかし、今回はイベント系の企画も多い。彼らの所にもある程度予算を配分しないと、盛り上がりに欠けるぞ?」
「盛り上がりだけが祭りじゃないわ。それに、せっかく昔から露店を始めてくれた人を切り捨てる様な真似はしたくない」
三鶴と八鶴の発言をかいつまんでまとめ、もくもくと記録する書記だったのだが。
(……先輩たちの様子は、元に戻ったように思います)
ぼんやりと書記の仕事を回しながら、和兎は二人の様子を見ていた。
あの先輩たちの出来事から数日経った。二人から直接事の顛末を聞く度量を、和兎は持っていなかった。ただ何となく、確証のないまま関係が修復したと感じるしかなかった。
「……それで、熊谷くんはどうなの?」
そんなことをぼんやりと考えていると、突然、三鶴に話を振られる。
「えっ……! いや、その……」
ボケっと考え事をしていたせいで、思わず反応が遅れる。
「……あのね、熊谷くん」
「す、すみません!」
「あぁ、いや、別に謝る事じゃなくてね……」
反射で勢いよく謝る和兎を、逆になだめるように三鶴は語気を緩める。そんな、ほのぼのとした先輩後輩やり取りを、八鶴は黙って見ていた。
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「熊谷、少しいいか?」
放課後、白熱した議論が繰り広げられた生徒会室を後にし、三鶴たち三人は、各々の下駄箱にいる、はずだった。
気付けば、八鶴が後ろにいる。
「あっ、はい。なんでしょう」
和兎は振り向いて返事をする。
「……聞きたいことがある」
八鶴から誘われるのは初めてのことで、和兎は若干びっくりしながらも、
「あぁ、はい。いいですよ」
と、二つ返事で答えた。
八鶴はすぐ近くまでやってきた三鶴に、
「すまない。少し和兎を借りていいか?」
と、静かに断ると、そのまま和兎はそのままの流れである場所へと引きずられることになった。
見慣れた道を進んでゆく。
あまりそこに足の運んだことのない和兎でも、八鶴がどこに向かおうとしているのか、道のりですぐに分かった。
「えっと……。どうして、神社に?」
和兎はそのままの疑問を八鶴にぶつける。前にずんずんと進む八鶴の表情が怒っていないことを半分確信、半分祈りながら、和兎は八鶴の反応をうかがった。
「……いや、とりあえず、二人きりで話したかったんだ」
しかし、帰ってきたのは否定の反応。
神社への道のりの途中。ほとんど森に帰りかけている石畳の階段の真ん中で、八鶴はくるりと振り向いて、和兎の方に視線をやった。
何かしたのか。和兎は思わず姿勢を正して、口をつぐむ。八鶴とは浅い関係ではないと思ってはいるが、それでも、和兎はまだ八鶴の感情を察せない時がある。
だから、
「……この手紙、熊谷が書いたのか?」
突然、不意打ちのように半分黒歴史になっていたあの手紙を出されたとき、和兎は思わず、
「ぱ?」
赤子の様な言葉を漏らしてしまったのだ。
「間違いだとしたのなら謝る。この手紙の筆跡と、熊谷の筆跡が、あまりにも似ていたのでな」
和兎は霧散してしまった語彙力を何とかかき集める。
「えっと……。その、あのー」
和兎の心中は蜂の巣をつついたような大騒ぎになっている事は、想像に難くない。
そんな中、和兎が選択したのは、
「……はい。全てお話しします」
降伏し、全てを明らかにすることだった。
「なるほど。できすぎた奇跡だとは思ったが、これもすべてあの矢原が計画したことだったのか」
「はい……。騙す様な真似をしてすみません」
和兎は深々と頭を下げた。
しかし、八鶴の口調を終始穏やかで、怒っているとは感じづらかった。
「いや。そんなに謝らなくていい。……むしろ、感謝したいくらいなんだ」
「えっと……?」
八鶴から出てきたその言葉の意味が分からず、和兎はまた言葉に詰まる。
「三鶴やつばめ……。家族と話す機会を与えてくれてありがとう。意図がどうであれ、その機会がなければ、きっといつまでもその話に決着が着かなかっただろうから」
「い、いえ! ぼ、僕は本当に何もしていません……。そ、それに、問題を解決したのは先輩たち自身ですから……。僕は、その……」
しおらしく言いよどむ和兎に、八鶴は静かに諭すように言う。
「いや、いいんだ。ただ、何か困った事とかがあったらいってくれ。力になろう」
「え、あ、あぁ……はい。わかりました」
八鶴のはっきりとした宣言を、和兎はただ澱んだ言葉で受け止めた。
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「それだぁ!!」
夕食中、和兎がぽつりと零した八鶴の提案に、驚くほど龍真が食いついた。
龍真に急に距離を詰められるのにも、慣れてきたような気がする。和兎は苦笑いをしながら、龍真の叫びに答える。
「えっと……。それはどういうことですか?」
しかし、龍真は和兎の疑問には答えず、ただ、和兎にまくしたてるように続けた。
「いいか和兎!! 明日直ぐに神社に呼び出すんだ! 明日直ぐにだ! 俺も行く! 頼むぞ! 本当に頼むぞ!」
「は、はい……。わ、わかりましたから……」
和兎は迷惑げにそう言い聞かせて、龍真を引き離した。
「頼むぞ!? 本当に頼むからな!!」
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0522
「という事なんですけど……」
「……そうか。熊谷、お前も大変なんだな」
とほほ、と昨夜の話をしながら、和兎は八鶴を連れて神社へと向かっていた。
またも放課後の出来事である。
神社に向かえば、約束通り龍真がいた。暇そうにギターを弾いていたが、和兎達がやってきた事を察知すると、手を止めて顔を上げた。
「お、待ってたぞ! 和兎! 八鶴さん!」
ギターをしまって、彼の方からやってくる。
「あぁ。待たせてすまない。……それで、何の用だ?」
八鶴は雑談、前振り全てをおいて、本題に踏み込んだ。龍真は、一瞬驚いて言葉を詰まらせたが、直ぐに話を始めた。
「……八鶴さんに頼みたい事があるんです」
「あぁ。それを聞きに来た。俺にやって欲しいことがあるのなら、言ってほしい」
和兎は何も言えず、二人の事を見守っていた。そして、龍真は八鶴に向けて言った。
「今年の響魂祭の、俺たちがやるライブ……。手伝ってもらっていいですか?」
「かまわない」
――――。
すん。と、周囲が静まり返った。
先に口を開いたのは八鶴だった。
「……どうした?」
「え、いや……。そこまで早く返答されるとは思わなくて……」
珍しく歯切れ悪く、龍真がぽつぽつと言葉をこぼした。
「ライブがやりたい……。という事は響魂祭のイベントに参加したいという事だろう?」
不思議そうに首をかしげて、八鶴が畳みかけるように問う。
「ならそうしよう。まずは……有志企画の企画書を書こう」
「い、いやいやいや! ま、待って!? 待ってください!」
和兎の絶叫が境内に響いた。
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