3話 スリーコードはセブンスへ ②
何本も電車を乗り継いでようやくたどり着いたのは、平日の昼間のくせに誰もいない閑散としただだっ広い駅と、バスのロータリーだった。
「……なんか、寒くね」
ぽつり、と少年は言葉を漏らす。
あたりを見渡しても、人っ子一人いない。目的地に向かうにはバスに乗る必要がありそうなのだが、バス停が見つかっても、肝心のバスは、一向に来る気配がない。
曇り空。そろそろ梅雨が始まるころだろうか。いや、まだ早いかな。兎に角、遠出先での雨というのは、考えたくない。少年は焦り、はやる気持ちを抑えながら、バスの時刻表を何度も何度も確認した。
……田舎のバスというのは、こうも人が少ないのか。
少年は心の中で嘆息する。ブルルルとエンジンを震わせて、穏やかな速度で滑り出したバスの中には、運転手と自分を含めて四人しか乗っていない。
こんな人少なくて会社は大丈夫なのかよ、と、どうでもいい心配をしてしまう。バスの運転手に行き先を尋ねられたのも、こんなにもバスに人が少ないのも、少年にとっては初めての経験だった。
『次は、――――。次は、――――』
知らない地名が読み上げらるれ。
運転手がアナウンスをする、というのも初耳かもしれない。少年は運転手に言われた地名と、自分のメモを照らし合わせる。――よかった、違う。
こんなんじゃおちおちスマホもいじれない。手持無沙汰になった少年は、何か退屈を紛らわすように、バスの外を流れる景色をぼんやり視界に入れた。
大して興味のない、凡庸な街の風景がたらたらと流れる。曇り空というのが、なんとも映えない。せめて都会と違って道が広かったり建物が少ないのだから、晴れてて欲しかった。
まぁ、雨が降らないだけましか。少年は駅の購買で買った安物のビニール傘を確かめるように握った後、また、退屈そうに風景をぼんやりと眺め始めた。
|||||||||||||
「よかったんですか?」
ふと、和兎は八鶴に声をかけた。
土曜日。和兎、龍真、そして八鶴の恒例のたまり場になりつつある和兎の家で、八鶴はギターを弾いていて、和兎はその隣でパンフレットを呼んでいた。
八鶴は不思議そうに首を傾げた後、和兎に聞き返す。
「よかったんですか、とはどういう意味だ? 別に俺は何か悪い事をした覚えはない」
相変わらず、八鶴は切り捨てるように話す。
本人は特に威嚇とか、そういう意図を含んでいるわけではなさそうだが、それでも、未だにその話し方に、和兎は慣れない。たじたじになりながら、和兎は言葉を紡いだ。
「あぁ、いえ。そういう意味じゃなくて、その……、僕たちは運営側の人間なのに、他の人の企画に参加していいのかな、と」
なるほど。八鶴は小さくそう零した後、口元に手を当てて少しだけ考えた後、ピックを足元に置いて答えた。
「……問題ないはずだ。結局の所、最終の決定権は教師陣――つまりは学校側にある。俺たち生徒会がどれだけ予算やら、場所やらを決めようが、学校側がノーと言えばそれまでだ。だから、生徒会の俺たちが誰かの企画に入ろうが、入らなかろうが、問題はないはずだ」
「……そう、なんですか?」
思わず和兎は聞き返す。どこか投げやりに、若干苛立たし気に放たれたその言葉が、少し引っかかった。
「あぁ、そうだ。だが、だからと言って三鶴にすり寄ったり、変に肩を持ったりはしない。そこは線引きをすべきだろう」
八鶴はそう言うと、ギターの練習に意識を戻した。
――。
龍真のより、大分不格好でかすれた響き。
「――、指が思ったように動かない……」
小さな声で文句を言いながら、八鶴はまた、ピックを弦に振り下ろした。
――。
「お? やってる?」
そんな中、龍真が和兎の家へと帰ってきたのは、昼を少し過ぎた辺りだった。
「すみません、買ってきてもらって。八鶴さん、昼食にしましょう?」
龍真が手にぶら下げてきたのは、三人分の弁当。
一つは小さな、女性用。一つは天丼。最後の一つは激辛とシールを張られたカレー。
「えっと……。八鶴。本当にいいのか?」
八鶴がギターを片づけ、和兎がちゃぶ台を引っ張り出し、龍真がその上に弁当と割り箸を置いていく。三人に弁当を配っていくなか、龍真はふと、激辛カレーを頼んだ本人に問いかけた。
「問題ない。先日食べてみたが、特に問題はなかった」
「そう、か」
明らかに人が摂取してはいけない、警告色にもにた過激すぎる赤色をしたカレーを前に、龍真も明らかに絶句している。
そんな龍真の反応を前に、八鶴は不服そうに言葉を続けた。
「なんだ、その反応は。三鶴とつばめと同じ反応しないでくれ」
「いやぁ……、あ、そういえば和兎、八鶴のギターの様子はどうなんだ?」
八鶴の抗議をなぁなぁにし、違う話題で話を逸らす龍真。
「いえ……。僕にはそういうの分かりませんよ。……それに、それを聞くくらいだったら僕が買いに行ったのに」
「いや、じゃんけんは絶対だろ」
「なんですかそのじゃんけんに対するプライドは……」
八鶴がこの龍真のたくらみに参加してから、龍真の目的の現実味が一気に増したような気がする。現に今、有志企画の書類を手に入れ、学校にそれを提出し、企画の審議を待っている段階だ。
八鶴曰く、「十中八九審査は通るはずだ」との事なので、その間、三人でのバンドのパート決め兼、親睦会をしようと龍真が言い出して、今に至る。
「しっかし、なんか八鶴がギター弾けないのって意外だな」
しなしなのナスの天ぷらをかじりながら、龍真はぽつりと零す。
「当たり前だ。俺は完璧じゃない。できる事できない事があって当然だろうに」
不服そうに顔をしかめながら、八鶴は龍真のつぶやきに答えた。和兎も小さく頷いて、龍真に同意する。
「確かに、八鶴先輩は色んなことをそつなくこなすイメージがありますよね」
「そうそう。……つーか、本当は八鶴にはベースをやってもらう算段なんだけどな。さすがに楽器は企画が通ってからじゃなきゃこえーわ」
バンドのパート決めはさっさと決まった。と言っても、龍真が半ば強制的に役職を与え、それを和兎も八鶴もすんなりと受け入れただけなのだが。……しかし、龍真がギター、八鶴がベース、和兎がドラムという結果は、三人ともどこかしっくりとおさまりが着いてしまっている。
龍真が言ったように、楽器はとても大きな買い物なので、失敗や無駄はぜひとも避けたい。という事で、龍真がなんとなく似てるだろ。といった暴論で、八鶴にギターを練習させているというのが、今の現状だ。
「よし、食い終わったら見せてくれ! 今日でセーハを習得させるぞ!」
ぱん、と手を叩いて、龍真が高らかに宣言する。
「分かった。ご教授ねがおう」
三人はそうして、夕方まで休日を過ごしたのだった。
|||||||||
「バス、くっそ長かったな……」
目的のバス停に降りて、ふと、少年は言葉を漏らした。ゆっくり伸びをすると、ぽきぽきと背骨がなった。
曇り空はそのまま、晴れにも、雨にもならないなぁなぁな態度をとっている。
「はぁ……。ま、あと少しでつくか」
少年は自分を励ますようにそう独り言をつぶやくと、メモ帳に視線を落とした。
「あとは……、歩くだけだな」
メモ帳をパーカーのポケットに入れて、広い祖のポケットの中からイヤホンを取り出し、耳につける。適当な音楽を流して、目的地に向かってゆっくりと歩を進める。
バス停の所には、かすれた文字で「響町」とだけ書かれていた。
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