2話 唸るベースは滅私と愛 ②
0503
朝の日の光を浴びながら、和兎はただただボケっと、外の風景を眺めていた。
龍真が突然やってきて、生徒会の仕事が舞い込んできて、もう五月。冬の気配はもう過ぎ去って、暖かい日が続いている。
(龍真さん、今何してんだろうなぁ……)
ぼんやりとそんな事を空想しながら、和兎は一つ、小さく欠伸をした。
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「それで、生徒会のメンバーになったもんだから、帰るのが遅れるって?」
「まぁ、えっと。そうなります」
互いに漬物を突っつきながら、和兎は学校と生徒会についての顛末を龍真に語った。夕食が遅くなることを、龍真は全く気にしなかった。龍真はそんな事よりも、生徒会の仕事の方が気になっているみたいだった。
「生徒会になってみて、どうなんだよ。なんか祭りとかあんのか?」
「まぁ、えっと……。響魂祭って言う祭りが、夏にあるんですけど……」
その瞬間、龍真は和兎に飛びついた。
「わっ!」
龍真は和兎の肩を揺らして問い詰める。
「そそ、それ、本当か!?」
「ほ、本当です……。ただ、まだ詳しいことは……」
「ははっ! それが分かるだけで十分すぎる! 短すぎても長すぎてもダメなタイミングで、そりゃ素晴らしいじゃないか!!」
和兎を揺らすスピードが着々と上げ続ける龍真。
「わかった……。分かりましたから、肩を揺らすのをやめてください……」
それから、その一週間のうちにわかったことは二つ。
一つ目は、響魂祭には有志企画の枠があり、そこでは学校関係者以外でも参加できるという事。
そして二つ目。その有志企画には、最低三人が必要な事。
「俺の和兎と……。あと一人、必要になってくるな」
また違う日の夕食、今度は魚を突っつきながら、龍真は言葉を漏らす。
「そうですね……。あとは、龍真さんが怪しまれないかどうかなので、出来れば学園関係者がよさそうですね」
和兎がそう言うと、龍真は楽し気に伸びをした後、ワクワクとした表情で言った。
「よっしゃ! じゃあ次は仲間探しだ!」
|||||||||||||
放課後。いつもよりも若干長かったホームルームを終えて、いつも通りに三年生の教室前に行こうとしていた和兎は、ある人物を発見した。
その人は、和兎を見ると、眉を若干上げて言う。
「遅かったわね。待ってたわ、熊谷くん」
ホームルームが終わった後、人が多い廊下ながらも、三鶴の存在感が薄れることはない。
「はい。お待たせしました。……初めてじゃないですか? 先輩たちがここに来たのは」
和兎がそう尋ねると、三鶴はゆっくりと頷いた。
「そうね。懐かしいわ、ここの教室」
三鶴は懐かしそうに頬を緩める。
「そういえば、八鶴先輩は、どこに?」
「あっち」
三鶴は短くそう答えると、いつの間にかできていた人ごみを示した。その人込みは、ある高身長の生徒と、彼を中心に取り巻く、運動部のやつらで出来ていた。
「八鶴先輩! お久し振りです!」
「八鶴先輩! 何時でも復帰してきてください!」
「八鶴先輩!」
和兎は何だかくらくらしてきて、おもわず額に手をやった。そして小さく深呼吸をした後、和兎は三鶴に尋ねた。
「なんですか、あれ」
「見ての通り、八鶴のファン。……もしかして、知らない?」
「僕はこんな学校知りませんよ」
困惑して若干呆れている和兎を見かねてか、三鶴は説明を始めた。
「まぁ……。運動部のコミュニティの中で、八鶴は英雄のような扱いだから……。
助っ人で突然試合に出されても、普段練習している選手以上の活躍をし、なおかつそれに驕り、人を見下しもしない。無口だけれど、嫌味な性格でもない。人気があるのも当然かもね」
一週間、共に放課後を過ごしてきたというのに、まだまだ先輩たちの全貌を把握しきれていない。何とも言えない不思議な感覚でぼんやりとその人だかりを見ていると、三鶴がふと、言葉を漏らした。
「けど時々、私は八鶴が何を考えているか、分からない時がある」
その、三鶴がふと零した言葉だけ、なぜだろう? 廊下のざわつきを一切感じさせない響きがあった。
しかし、そんな不思議な感覚も束の間、
「八鶴センパーイ!!」
廊下に黄色い声が響き渡った。
思わずびくっとして、和兎がその声の方に視線を飛ばす。よく見れば、学年の中でもかなり明るい部類に入る女子生徒たちが、キャッキャと高い声を出して、八鶴の方に寄っていた。
「……そろそろ、八鶴を回収しましょうか。時間も押してる。それに、あまり見てて気持ちの良いものではないしね」
……タイミングが明らかにおかしい。
が、「嫉妬ですか?」なんてふざけたこと、和兎が言えるわけもなかった。
「八鶴。そんなところで油を売ってないで、さっさと仕事を終わらせに行くわよ」
「わかった」
「えー! 三鶴先輩! ちょっとくらい良いじゃないですかー!」
おとなしくついてくる八鶴を追いかける形でついてきた女子生徒たちが、三鶴にそう抗議する。完全に輪の外からはじき出された和兎は何もすることができず、ただ黙って、爆発寸前の三鶴を見守っていた。
「あのねぇ……」
三鶴がそう言いかけた途端、八鶴が言葉をかぶせた。
「悪い。今日の放課後は先に仕事が入っているんだ。……何か用があるなら、
明日にでも来るといい。暇な時なら、いつでも相手をしてやれる」
「はーい……。分かりました。けど! ちゃんと相手してもらいますからね!」
「……分かった」
渋々……。いや、八鶴に相手をしてもらえてどこか満足げな様子で、女子生徒たちは何処かへと去ってゆく。人だかりが完全に消えて、三鶴たち三人だけが廊下に残っている状態になった瞬間、和兎は思わず安堵のため息をついてしまった。
三鶴の方から流れてくる不機嫌な気配が消えたからだ。
「じゃあ、行きましょうか?」
「……待たせてすまない。さっさと行こう」
八鶴はほんの少しだけ視線をそっぽにそらしながら、そう言った。
何だか少しかみ合わないぎくしゃくした雰囲気は、それはそれで感じが悪かった。
|||||||||||||||||
「はぁ……。終わったぁ……」
気の抜けた言葉が和兎の口から洩れる。
最後の修繕が終わった教室で、三人は各々の形で休憩を取り始める。
「やはり、早くに終わったな。これで他のことに集中できる」
「二年生の時はぎりぎりだったものね。助かったわ、熊谷くん」
「え、あ、はい!」
急に感謝されて戸惑いながらも、返事をした和兎。
三人でよくあるような世間話をしていると、
――。
ふと、三鶴と八鶴の携帯が揺れた。
二人は同時に携帯を確認する。
「……あれ? 今日、だっけ」
「しまった……」
その連絡は、どうやら二人を大きく困惑させるものらしい。
訳も分からず、和兎は二人を待つ。
三鶴はしばらく悩んでいたが、やがて、和兎に向けて口を開く。
「熊谷くん……。今日、空いてる?」
「今日、ですか?」
思わず聞き返してしまう和兎。
そういわれて真っ先に思い浮かんだのが、龍真と夕食の事だった。
「いつごろ解散ですか? それと、何の用事が……?」
答えづらそうな三鶴に変わり、八鶴が返答する。
「夕食を一緒にどうだ? と、母が言っていてな」
「えっと……。僕と、その、三鶴先輩たちのお母さんと面識ありましたっけ?」
「特にはない。が……」
確認するように和兎が聴いたが、八鶴が即座に否定する。
そして、その否定を拾うように、三鶴が説明を始めた。
「いや、その……。熊谷くんの話題が最近、食卓の話題に上がることが多くて……。それで、お母さんが「和兎君を呼びたい!」って言いだしてね。そしてら、予定を合わせる事を、私たちすっかり忘れちゃって」
「どうする? 三鶴。和兎に急に来いというのも、なかなかに酷な話だぞ」
内心焦っているのか、八鶴の言葉には普段の落ち着きが減っているように見えた。
「わかってる……。わかってるんだけど……」
三鶴たちは頭を抱える。
何か力になりたい和兎だったが、その実、和兎も何か良い手立てを持っているわけでもなかった。携帯を持っているわけでもない。夕食には龍真が待っているし、それをすぐに説明する時間もなければ、龍真が許可するわけもない。
――――。
気まずい沈黙が、長く続いた。
最初に口を開いたのは、和兎だった。
「えっと……。僕、行きましょうか?」
「いいの?」
三鶴は一瞬、和兎の言葉に食いつきかけたが、直ぐに冷静に戻った。
「いえ……。熊谷くん。だめよ。あなたの事情を無視するのは……」
和兎はその言葉を否定する。
「大丈夫ですよ。今日は特に用事なんてありませんし、親はそういうのに寛容ですから」
嘘で。嘘で、和兎は三鶴の心配をもみ消した。
「そ、そう……。なら、いいんだけど……」
(龍真には謝ろう。真剣に、謝ろう)
そんな不誠実なこんな事を考えながら、和兎は三鶴たちの家に向かった。
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和兎の住んでいる地域とは打って変わって、三鶴たちの住んでいる駅側は、そこそこ人が多い部類の地域だった。
そんな場所の、住宅街の片隅に、和兎の家よりもはるかに大きい、モダン風な建物が一つ。門には、雀鷹谷とだけ、書かれている。
ピンポーン。
三鶴が家のチャイムを押した。
するとすぐに、
「いらっしゃーい!」
明るく、高い声を響かせて、一人の女性が玄関から飛び出した。
「ただいま、お母さん。……それと」
三鶴が見たことのない穏やかな表情で、彼女の母親にそう返すと、和兎に手番を渡した。
「えっと……。熊谷和兎です。いつもお世話になってます」
和兎がそうあいさつすると。その明るい雰囲気は一転し、
「私は雀鷹谷巣鴨です。ご丁寧にありがとうございます」
巣鴨も同じように、挨拶を返す。
しかし、そんな挨拶がすぐに終わると、巣鴨はすぐに元に戻った。
「やっぱり三鶴と八鶴から聞いた通り。礼儀正しくていい子ね。さ、上がって」
真正面から褒められて、若干照れる和兎。
ふと、和兎が雀鷹谷家の門をくぐろうとした時だった。
「ただいま~!」
遠くから女子の高い声が聞こえた。
そちらに視線をやると、ぼんやりとだが、二人の人影。
「…………」
ふと、八鶴の雰囲気が途端に柔らかくなった。
誰だろう? やったきたのは、和兎と同じ年代の少女だった。
「ただいま。お兄ちゃん」
「あぁ。お帰り、つばめ」
なるほど。彼女は先輩たちの妹なのか。そう納得したのも束の間、和兎はその少女が引きずってきた人に、ぎょっとした。
「あー。もうついたか? つばめ」
「うん! ここが私の家。ここでお母さんの事待と?」
その人は、いや。少年は、この中では和兎が最も知っている人物だった。
「……あ」
少年は和兎を見ると、気まずそうに言葉を漏らした。
その少年は、同居人。
「奇遇って言うか、なんていうか……」
矢原龍真と、熊谷和兎はどんな偶然か、雀鷹谷家の前で、再開することになる。
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