第7話:夜、二人きりの寝室で
力を手にし、道が開けども、目指すゴールは未だ遠く。
早速、ロックは新たな問題に悩まされていた。
それは《凶星の欠片》に手を出したことに対するロックの処遇……ではない。少なくとも、今のところは。賢者候補ケインの敗北でいよいよ爆発寸前だった観客席の混乱。それを王国の盾と名高い騎士団の長、つまり騎士団長が鶴の一声で鎮めたのだ。
ひとまずその場での処断は見送られ、ロックは拘束もされずリオと共に解放。騎士団長曰く『勇者殿以上の監視はないだろう?』との弁で、遠方からこちらを見張る視線こそ感じたが、とても禁忌を犯した者に対する扱いではない。
そして、
『私個人は、君たちの味方のつもりだ。どうか、今だけでも信用して欲しい。星を、女神を救うために。それは君たち二人を救うことにも繋がることだ』
騎士団長は二人にだけ聞こえる声でそう告げた。
普通なら、安い懐柔だと耳も貸さない戯言。しかし王国でも民でもなく、『星と女神を救う』という言い回しが妙に引っかかった。それが自分たちの救いに繋がる、という言葉も。なにより……騎士団長が自分たちを見る『目』が、今までの誰とも違った。
ともかく夜も更けた現在、ロックとリオがいるのは学生寮の一室。
より正確には、勇者専用として設けられた、他の生徒からも遠く引き離された部屋だ。本来はリオ一人の部屋だが、入学当初から実質二人で暮らしている。二人で暮らす必要があった。リオ一人では、牢獄のようなこの部屋に押し潰されてしまうから。
「…………」
「なあ、そろそろいいんじゃないか?」
ベッドの上、ロックは自分にきつく抱きついたままのリオに尋ねる。
リオはロックの胸に顔を埋めたまま、フルフルと首を横に振った。
この現状こそが、ロックが直面している問題で。
決闘が終わってからずっとこんな調子で、いつまで経ってもリオが離れてくれない。
くっつかれて嫌なはずがないが、心配なのは彼女の体力だ。
「もう、あらかた傷ついた部分は治っただろ? いくらリオの魔力が人並み外れていても、適当なところで切り上げないと倒れちまうぞ」
「まだだよ。ボクが《星剣の勇者》だからなのか、わかるんだ。ロックの中に、凄く良くないモノが根を張っているのが。綺麗に取り除かなくちゃ、駄目だよ。この真っ黒な力はきっと、ロックに酷いことをしちゃう」
不安からか、リオの声は震えていた。
凶星の力で蝕まれた、ロックの肉体の治療。
それこそリオが頑なにくっついたまま離れようとしない理由だった。
《凶星の欠片》はロックに強大な力を与えたが、その力は同時にロックの肉体を蝕んでもいた。単純な負荷だけでなく、毒のように肉体を破壊していたのだ。破壊の症状は極々軽いが、力を使い続ければ命まで削っていくのは想像に難くない。
そんなロックの状態を見抜き、リオの力による治癒を勧めたのも騎士団長だ。勇者に治癒の力があるのは、リオが勇者として覚醒した日にロック自身が体験済み。
今も触れ合う肌を通し、彼女から流れ込む温かな力が、ロックの肉体を癒している。急激に力を注げば却って負担が大きいから、ゆっくりゆっくりと。春の日差しが雪を溶かすようにして、痛みも疲労も解けていく。
――しかし、ロックの芯に根差した暗黒を取り除くことはできない。
「もう十分だ。俺の中に宿った《凶星の欠片》は、もう剥がすことも消すこともできない。無理にやれば、それこそ命に係るかも……大丈夫だって。リオの力は、俺をこれっぽっちも傷つけてなんかいない。おかげさまで、すっかり元気になった」
途端に顔を上げたリオが、蒼白で今にも死にそうな表情をするものだから、ロックは苦笑しながら言って聞かせる。
実際、決闘の直後は鉛のようだった体もすっかり回復していた。
「それに、もし安全に取り出す方法があるとしても、俺はこいつを手放すつもりはない。邪悪だろうがなんだろうが、やっと手に入れた力なんだ。こいつが秘めた力は、あんなもんじゃない。もっと凶星の力を引き出せるようになれば、俺はもっともっと強くなれる。リオがいる高みまで、今度こそこの手が届くくらいに」
熱に浮かれた、如何にも力に溺れかかった人間の口調になっている自覚はある。
しかしその一方で、大丈夫だという奇妙な確信もまた、ロックの中にあった。
思い出すのは《凶星の欠片》を宿したときに見た、夢か現か定かでない暗闇の世界。
そこで出会った、どこか見覚えのある顔をした女の子。
あの子と凶星の間にどんな因果関係があるかはサッパリだ。しかし、あの子が最後に見せた安堵の顔。それを裏切らない限り、少なくとも自分たちに酷いことは起こらないという不思議な確信がロックにはあった。
その辺りを、どう納得してもらえばいいものか。
内心で唸るロックになにを思ったか、リオが乾いた笑い声を漏らす。
「馬鹿だよ、ロックは。よりにもよって《凶星》に手を出すなんて。これがどんなに危険なモノか、ロックはちっともわかってない。ボクにはわかる。凶星の力は、誰かを傷つけることしかできない怒りと憎しみの塊。こんな醜い力、ロックを不幸にするだけなんだ。だからボクは、絶対に止めさせなくちゃ駄目なのに――」
勇者であるが故の確信なのか、強い否定が込められた言葉。
しかしその一方で、リオの表情をくしゃりと歪めるのは自己嫌悪だった。
「決闘で凶星の力を使うのを見たとき、ロックが手の届かない場所に連れ去られそうで怖かった。だけど同時に、『ロックはボクのためにここまでしてくれるんだ』って喜ぶ自分がいた。今も心のどこかで、優越感に浸る卑しくて汚い自分がいるんだ」
指先がわなわなと震え出す。
今にも自身の首を締めそうなリオの両手を、ロックは自分の両手で包み込んだ。
できるだけ優しく力を込めれば、リオは顔を見られまいとするように俯く。
「本当は、わかってるんだ。ロックを一番苦しめているのは、ボクだって」
絞り出した声は、懺悔にも似た響きを帯びていた。
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