第6話:《凶星》は目覚める


「いやあ、肩と言わず全身の凝りが解れたぜ。実は賢者よりマッサージ師の方が向いてるんじゃないか、お前?」


 まさに生まれ変わったような心地で、ロックは嫌味たっぷりに笑って見せる。


 改めて自分の体を見直すと、なかなかイカした姿になっていた。角といい尻尾といい、古典的な悪魔を想起させる形状。先程までの、黒結晶が形作る巨体に押し込まれた姿が魔物同然だったとすれば、今の自分はさしずめ魔人といったところか。


 全身の関節をコキコキ鳴らして具合を確かめる。そこへ銀髪眼鏡エリート面のケイン=サジタリウスが、端整だが神経質そうな顔を盛大に歪めて喚いた。


「馬鹿な、なにがどうなっている。貴様、なぜ正気に戻っている!? 貴様は魔神の邪悪な力に侵されて、身も心もバケモノになったはずだろう!」

「否定はしないさ。実際、体の中で荒れ狂う《凶星》の魔力を制御できずに、今の今まで意識が肉体から切り離されてたからな。だが、お前のおかげで力を掌握するまでの十分な時間を稼げた。もう、凶星の魔力は余さず俺の意のままだ」


 ロックの言葉を咀嚼する間、ケインはしばし呆けた後、乾いた笑い声を漏らす。


「凶星の魔力を掌握、だと? はっ、ハハハハ! なにを戯けた妄言を! それではなにか? 貴様は魔導士の奥義である、《魔力の掌握》を習得しているとでも? 賢者の私さえ未だ達していない境地に、魔力も虫けら並みの貴様が? 馬鹿も休み休み言え!」

「お前、頭が悪いな」

「な!? 貴様、賢者である私に向かって!」

「賢しき者ならわからないか? こいつが奥義とされてるのは初耳だがな。魔力の掌握ってのは要するに魔力を水の一滴の域まで、意識の支配下に置く精密操作の技術だろ? こいつを習得するのに、魔力総量の多い少ないは関係ないんじゃないか?」


 凡才の身で勇者と競い合っていれば、冗談でなく死にかけるのも日常茶飯事だ。

 そんな極限状態の中、ロックは体内で魔力の流れを鋭敏に感じ取れるようになり、やがてそれを意識的にコントロールする技術を身につけた。


 今もその技で、暴れ回ろうとする魔力の激流を制御下に置いている。普通なら意識も呑み込まれるであろう《凶星》の邪悪な力を、ロックは支配することに成功したのだ。ひとえに長年積み重ねた研鑽と、リオを想う執念によって。


 魔力の感知能力も高いであろう賢者なら、とうにそれを看破したはずだ。それでも余程受け入れ難いのか、悪夢から醒めようとするかのように、ケインは何度も頭を振る。


「馬鹿な、そんなことが。いいや仮にそうだとしても、無意味だ!」

「ああ、無意味だとも。こいつは自分が持つ魔力を十全以上に引き出す技術だ。生まれ持った魔力が元々乏しい俺がどれだけ極めようと、自然治癒力を活性化させて傷の治りを早めるのが精一杯。身体強化も毛が生えた程度で、とても戦いの役には立たない。まさに宝の持ち腐れさ。だが……俺はついに力を手に入れた。お前には感謝しないとなあ?」


 昨夜のローブの男が、ケインであることはもう気づいていた。

 ロックを堂々と殺す狙いだったのは明白だが、今は礼を言いたい気持ちで一杯だ。

 だから――今まで散々嫌味と陰口と罵声を浴びせてくれた、お礼参りをするとしよう。


「これが、力を持つってことか。いいぃぃ気分だよ。お前らが他人を見下す気持ちも、今ならよぉぉくわかるぜ。気に入らないヤツを圧倒的な力で踏みつけるのは、さぞかし愉しいんだろうなぁぁ。今度は、お前が地べたを這いつくばる番だぜええ!」


 自分は今、それはそれは獰猛で邪悪な笑みを浮かべていることだろう。


 体内に入り込んだ《凶星の欠片》から、禍々しい力が溢れ出す。

 今にも全身の血管を突き破りそうな、体中を駆け巡る暴力的な衝動。

 その手綱をしっかりと握って、ロックは力を集約する。前方へかざした右手に闇色の魔力が集まり、闘技場を照らすは眩いほどの漆黒という常識から外れた輝き。


 気圧されたように一歩後退りしたケインが、屈辱に身を震わせて叫んだ。


「ふざけるな。ふざけるなふざけるなふざけるな! 邪悪な魔神の薄汚い力に縋るようなクズが! 自分のものでない、忌むべき闇の力に頼るようなゴミ虫が! 優秀で高貴な賢者の私に歯向かうなどおこがましいんだよ! 消えろおおおおおおおお!」

「嫌だね。俺は、星空を拝んで満足するだけのお前たちとは違う。どんな汚い手を使ってでも、魔神に魂を売り渡してでも、リオと同じ高みまで俺は飛ぶ。隣に並んで、絶対にあいつをひとりぼっちにさせない。その邪魔をするやつは、叩き潰す!」


 金切り声でケインが放つは、四大属性のあらゆる位階を網羅した魔法攻撃の弾幕。

 対するロックが放つは、速いが細い闇色の閃光。


 勝利を確信したケインの笑みが、戦慄と恐怖で凍りつく。

 ケインの魔法攻撃が全て、漆黒の流星に撃ち抜かれて四散したのだ。


「なんで!? どうして!? 魔力は私の方が勝って――!」

「駆けろ! 【シューティング・ブラックスター!】」


 黒の軌跡が幾重にも宙を走り、何度でも撃たれてケインの体が上下左右に跳ね回る。

 ケインを巻き込んだまま漆黒の流星は突き進み、闘技場の壁に激突。

 土煙が晴れると、全身くまなくズタボロになったケインが壁に埋まっていた。


 完膚なきまでの決着。称賛も喝采もなく、しかし水を打ったような沈黙こそが祝福。

 暗い愉悦と甘美な充足感、今まで味わったことのない感慨がロックの胸を満たす。


「ああ、そうか。これが勝利か」


 思えば、生まれて初めての『勝ち』かもしれない。

 全てはここからだ。やっと、ここから全てが始まる。

 この力で自分は飛ぶ。高く、高く、リオが待つ遥かな場所まで。


 十年の研鑽と想いが、六等星の挫折と徒労の日々が、今ここに全て報われた。

 ひとりぼっちで輝く一等星へと届く翼を、ロックはついに得たのだから。


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