第5話:《賢者》と決闘


 学院主席にして未来の《賢者》である公爵家三男、ケイン=サジタリウスは自らの深謀遠慮に万雷の拍手を送った。

 全てがケインの計算通り。決闘当日、闘技場には理想の舞台が整っていた。


 生徒同士で腕を競わせるため、魔導学院の敷地に設立された闘技場。

 しかし今日、ここで行われるのは尋常な試合ではない。勇者に付き纏う害虫の駆除……それも正しいが、本題は違う。


 これから観客が目にするのは、後世に語り継がれるであろう英雄譚の一幕だ。


「ギャオオオオ!」

「ハハハハ! どうした、悪名高い《凶星の欠片》に頼って、その程度かい?」


 全身が黒い結晶に覆われ、怪物じみた異形に変わり果てた黒髪黒目の少年。

《凶星の欠片》に蝕まれ正気を失ったロックを、ケインは魔法で思う存分叩きのめす。肥大化した黒結晶で巨人の鎧を着込んだような巨体も、賢者にかかればただのデカイ的でしかない。ケインの優秀さをアピールするための木偶人形だ。


 最初こそ情けなく恐れ戦いた観客席も、今はケインへの声援で沸き立っていた。

 賢者である自分が声援を一身に浴びるのは当然のことだが、やはり気分が良い。

 全く――わざわざロックを唆し、《欠片》の下まで誘い込んだ甲斐があったというもの。


 王国が封印する《凶星の欠片》を、学院の生徒に植え付けて暴れさせろ。……そう父に命じられたときは正気を疑い、父があの狂った《教団》と結託していると知って、心底軽蔑もした。しかし、あらゆる状況を利用し自分の益としてこそ賢しき者。


「グギイイイイ!」

「所詮、魔神の力を得たところでクズはクズ! 無能の《六等星》ごときがどんな卑劣な手を使おうが、賢者である私に敵うはずないだろう!」


 目障りな邪魔者を公然と排除し、魔神の力を退けた功績で《聖騎士》や《聖女》よりも優位に立つ。いずれ結成される勇者パーティーの中で、ケイン=サジタリウスこそが最も優秀で重要な存在だと証明するのだ。

 なんなら父の罪状を告発して、当主の座を前倒しで手に入れるのもいい。


 愚かで無能な父や兄たちより、賢者である自分の方が公爵家当主に相応しい。いや、賢者である自分には公爵家さえ不足だ。王国の、世界の頂点に立って愚か者どもを導くことこそ、ケイン=サジタリウスの使命。


 そのためにも、ケインには《星剣の勇者》を手に入れる必要があった。


「グギャアアアア!」

「どうだ! 勇者にたかるゴミ虫め! 身の程を思い知ったか!」


 しかし、こんな迂遠な茶番を演じなければならないとは。それもこれも、無能の分際で勇者に付き纏うこの害虫と、その害虫ごときに惑わされる勇者が悪い。

 特に、こんな害虫に入れ上がる勇者はなにを血迷ったか。


 魔力が乏しく肉壁の役にも立たない無能と、あらゆる魔法を操り世界で最も優秀な頭脳を誇る賢者。どちらを重宝すべきか、どちらに傅いて愛の言葉を囁くべきか、五歳児にだって判断がつくだろうに。


 星の女神に選ばれた勇者といえど、田舎臭い野卑な辺境の生まれ。やはり優秀な賢者の手で導いてやらなければならないようだ。


 今も勇者は観客席の最上段から、群がる観客を掻き分けて闘技場に殴り込もうとしている。変わり果てたロックの身を案じる一方、ケインには敵意と殺意の目を向けながら。どこまで物分かりの悪い女なのかとケインは呆れた。


 どいつもこいつも、この歴代で最も優秀な賢者の言うことにただ従っていればいいものを。愚かな凡人どもは、なぜこうも愚考と愚行で優秀な者の足を引っ張るのか。


「トドメだ! 賢者の最上位魔法を、地獄の土産にするがいい!」


 これは世を正すための第一歩。

 傷心のところに甘い言葉の一つでも囁いてやれば、勇者も誰の物になるべきかいい加減に気づくだろう。そして勇者のパートナーとなったケインは、いずれ世界を手にする。


 ロックはケインが栄光の道を歩むための供物、踏み台、道を整える材木だ。

 それだけがこの害虫の存在意義であり、つまりはもう用済みということ。

 いらなくなったゴミは、綺麗さっぱり消し去るに限る。


「やめろおおおお!」

「【フォー・エレメンタル・デストロイヤー】!」


 火、風、水、土、四つの属性を融合させて放つ超破壊魔法。

 普通は一人につき一種類と《魔力性質》に定められる魔法属性。その基礎四大属性を全て扱える賢者だけに許された、最上位魔法の一つだ。完璧な配合で四大属性が相互作用を起こし、虹色の破壊光線に変じて敵へと迫った。


 光線が怪物を呑み込む。圧倒的魔力の奔流が肉片一つ残さず相手を消滅させ、役目を終えた害虫が永遠にこの世という舞台から退場する。




 ――はずだった。




「ああ、うん。いい塩梅に


 泡が弾けるように、破壊光線は霧散した。

 跡形も残らないはずの害虫、ロックは消滅どころか傷一つなく立っている。


 ふと、その全身を覆う黒結晶に亀裂が走り、砕け始めた。

 しかしそれは崩壊にあらず、昆虫の羽化を彷彿させる誕生の音色。

 全身の結晶が砕け散って、現れたのは先程までと毛色を大きく違えた異形。


 四肢に鎧のごとく黒結晶を纏い、頭からは角、背中からは尾を生やしていた。

 そして意志の光で輝く瞳と、全身から発せられる威圧感。


 なぜ死んでいない。こいつは誰だ。なにが起こった。

 計算外の予想外、全く想像だにしなかった事態に、賢者ケインは思考停止に陥った。

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