第4話:力が欲しい
『見ろよ、あの貧弱な魔力。《五等星》の劣等生だってあそこまで酷くはない。あんな無能が勇者様の幼馴染だと? 同じ机で肩を並べるのもおぞましい』
『土に塗れて畑でも耕しているのが分相応だろうに、たまたま勇者様と同じ地に生まれただけの卑しい下民が、身の程も弁えず思い上がりやがって』
『宝石の隣に並ぼうがクズ石はクズ石だってことも理解できないのね。これだから下民は。可愛そうな勇者様、あんな害虫に付き纏われて……私たちが救って差し上げなければ』
ロックと一緒じゃなければどこにも行かない――リオの言葉が受け入れられ、共に魔導学院に入学したロックを待っていたのは、蔑みの目と罵詈雑言の嵐。
神聖なる勇者様には、その貴き身分に相応しい仲間を。たとえば、勇者の伝説に名を連ねる《聖騎士》や《賢者》のような。
並の魔導士、ましてや小汚い平民ごときが勇者の隣に並ぶなど許されざる大罪。
それが彼らの主張で、そこにリオの意思や気持ちなんて関係なかった。彼らが見ているのは、彼らが夢想する『勇者様』の偶像だけ。それは彼らの頭の中にしか存在しない妄想だ。自分に都合のいい妄想を現実とすり替え、都合の悪い現実は無視する。
だから彼らの耳にリオの声は届かず、彼らの目にリオは映っていない。
それが恐ろしくて堪らないのだと、リオはロックに言った。
『怖いんだ。あの濁った目に囲まれていると、自分が幽霊かなにかになったみたいで。世界中から「お前なんかいない」って存在を否定されるみたいで、凄く怖いよ』
それは、幼いリオを遠ざけた村の人々と何一つ変わらない仕打ち。
だからロックは、誰になんと言われようが、リオの隣に立ち続けると誓ったのだ。
天賦の才を生まれ持ち、《星剣の勇者》にまで選ばれた彼女のいる高み。それがどれほど遠く、たとえ星空の彼方であろうとも、決してひとりぼっちにはさせないと。
……しかし、現実は残酷だ。
誓いや決意を、願いや想いをどれほど積み重ねても、星空はあまりにも遠い。
努力は実らず結果は出せず、積み上がるのは敗北と嘲笑だけ。結果が伴わなければ、流した血と汗は嘲りの的にしかならない。笑顔が似合う守るべき人に、悲しい顔ばかりさせてしまっている。全ては、ロックがどうしようもなく非力なために。
力が欲しい。力が欲しい。力が欲しい!
誰もが一度は考える負け惜しみだと、何度自分に言い聞かせただろう。
自分の歩幅で強くなればいいと、何度リオが言ってくれたことだろう。
しかし、ロックには今すぐ力が必要なのだ。
明日の決闘に負ければ、学院どころか王都からも追放され、リオの顔を見ることさえ二度と叶わなくなる。リオは勇者という牢獄の中、祭壇に飾られて永遠にひとりぼっちになってしまう。そんなこと、させるわけにはいかない。……いいや、それも建前だ。本当はただ大好きな人と、リオと離れ離れになりたくないだけ。
これからもずっとリオと一緒にいるために、明日の決闘に勝つ力が今欲しい。
それが叶うなら、悪魔に魂を売ったって構わないのに。
『力が欲しいのだろう? ならば、与えてやろうじゃないか』
だから。
それが邪悪な誘惑だと悟っていても、ロックは屈してしまった。
『決闘に勝ちたいか? 周りを見返したいか? 勇者から離れたくないか?』
深夜になっても眠れず、寮を飛び出してがむしゃらに杖を振り回した。
そこへ突然現れた、黒いフードで全身を隠した見るからに怪しい男。
しかし男の言葉には、抗い難い引力があって。
『ついて来るがいい。才能など軽く凌駕できる、無敵の力が手に入るぞ?』
案内された先は、リオに付き添う形で一度だけ訪れた王城。その地下。
厳重な封印結界を解いた先、台座の上で禍々しいオーラを放つ黒い結晶が。
魔神ネメシスの亡骸とされる《凶星》。それの、天から地に堕ちてきた断片だ。
『どうした、なにを躊躇う? 明日の決闘に負ければ、貴様は全てを失うんだ。負ければなんの意味もない。勝つには力が必要だ。負け犬のまま惨めな一生を送るつもりか? これしか方法はない。これ以外に手立てはない。さあ、さあ!』
明らかにロックを陥れるための甘言。
こんな代物で力が得られたとしても、待つのは破滅だけだろう。
そこまで理解してなお、手を伸ばさずにはいられなかった。
悪魔との取引に縋ってしまうほどまでに、ロックは追い詰められていた。
そして気づけば――
「ぶー。うー」
「えっと…………べろべろばあ?」
なぜかロックは真っ暗闇の中、涙目でぐずる小さな女の子をあやしていた。
笑えばとっても可愛らしいその顔は、なんだかとっても見覚えがあるような?
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