第2話:魔力。無力。非力。
「本当にくだらない人たち。ボクが剣を一振りしただけで逃げ出すくせしてさ。ボクととことんやり合えるロックの凄さが、なんでわかんないのかな?」
「連中にとって《魔導士》の優劣は、魔力が唯一絶対の基準なんだろ。事実、俺が直接ヤツらと戦っても、訓練と同様に時間切れの判定負け扱いがオチだ。身に纏う魔力がそのまま鎧の役割を果たす魔導士には、同等以上の魔力でしか攻撃が通らないからな」
魔力。個の意志で世界に干渉する術、いわゆる魔法を行使するためのエネルギー。
体内で生産し保有できる魔力の総量は、努力や鍛練では決して伸びない。
才能。資質。血統。人間に魔力、魔法の概念を与えたとされる《星の女神》――彼女から如何に寵愛を授かるか。つまるところ、優劣が生まれつき定まっていて、生涯それは変わらないということだ。
従って魔法を操る戦闘職・魔導士は魔力に応じ『五つ』の階級にランク分けされる。
《
つまりロックは、本来なら魔導士の育成機関である《魔導学院》に通う資格もないほど、生まれ持った魔力が低いのだ。だから五等星よりもさらに下、この世にたった一人しかいない最底辺の《
そんな最底辺が、勇者の幼馴染というだけの理由で入学を許され、生徒の誰もが憧れ崇拝する《獅子姫》の隣に居座っている。
これを面白いと思う者は、生徒にも教師にも一人としているまい。
現に『学院の生徒として適格か証明せよ』という名目の下、退学を賭けた決闘を一方的に取り決め、ロックを理不尽に学院から排除しようとしているのだ。
「魔力なんて、関係ないよ! 『あいつは天才だ、特別だ、勝てないのは当然で仕方ない』――そうやって皆がボクを遠ざける中で、ロックだけがずっとボクと競い合ってくれた。ロックよりも強い人なんか見たことがない。魔力さえ、魔力さえあれば……っ」
「やめろ」
自分でも驚くほど、低く歪んだ声が零れた。
怯えた顔で肩を震わせるリオに、ロックは努めて平静を保ちながら言う。
「そんな言葉は負け惜しみにしかならないって、リオが一番良く知っているだろ? 頼むから、俺を惨めにしないでくれ」
「ごめん、なさい」
謝るのは自分の方だ。
同情、憐れみでリオが言っているのではないとわかっている。
敗北ばかりの情けない自分を、彼女は今も信じ続けてくれている。それを知っているからこそ悔しくて情けなくて、ロックは臓腑が捻じ切れる思いだった。
「俺の方こそ、ごめんな」
「なんで、ロックが謝るのさっ」
「心配させてることとか、色々な。……心配しなくても明日の決闘、俺は勝つよ。連中の思い通りにはさせない。リオを都合のいい『勇者様』としか見ていない馬鹿どもの中で、お前をひとりぼっちになんかさせない。約束する」
「決闘の心配なんか、してないよ。ロックの強さは、ボクが一番よく知ってるもん」
自分は恵まれているくらいだ。
だって、こんなにも強くて凄くて可愛い人が、自分を認めてくれている。
自分がどんなに無様な姿を晒しても、見限ることなく信じてくれている。
それなのに、一度だってその期待と信頼に堪えられないままで。
笑顔がなにより似合うリオに、悲しい顔をさせてしまう。
全ては、自分の不甲斐ない非力のせいで。
「でも、ロックが本当は強くてかっこいいことに気づいて、悪い虫が寄ってこないかなーって心配はしてるかも」
「なんじゃそりゃ。余計な心配しなくても、その……俺はリオ一筋、だよ」
魔力でも武術でも才能がないなんて、とっくの昔に悟っている。
もっと言えば、本当は運動自体が好きじゃない。
汗水垂らさず痛い思いもせず、楽してゴロゴロして苦労知らずに生きたい。
なのに、なんで汗水垂らして痛い思いして、棒切れなんか振り回してるのか。
それは我ながら呆れるほどに青臭い単純な理由で、不純な動機。
好きな人に見栄を張りたい。胸を張って好きな人の隣に並び立ちたい。
好きな人を、どんなことがあっても守ってあげられる強い自分になりたい。
ただそれだけなのに、どうしようもないほど自分は弱くて。
「ボクもだよ。ロックが好き。大好き。勇者の使命とか、世界の平和なんてどうでもいい。ロックさえいてくれれば、ボクは他になにもいらない。いらない、のに」
「大丈夫。大丈夫だよ。ずっと一緒にいる。俺が、リオを守るから」
震えた声のリオを、安心させてやることもできないほど自分は非力で。
誓いの言葉さえ、薄っぺらに聞こえてしまうほど自分は無力で。
負け惜しみにしかならないと知りながら、考えずにはいられないのだ。
ああ、力さえあれば――と。
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