星剣勇者の六等星幼馴染は、恋と努力と闇堕ちで最強へ駆け上がる
夜宮鋭次朗
第1話:《星剣勇者》と《六等星》
好きな女の子を振り向かせたい一心で、武の道を志した。
そんな動機の青臭さや不純さは、全く関係がなく。
単純に、自分には才能がなかった。そして好きな女の子は天才だった。
それもたぶん世界最強、百年どころか千年に一度の選ばれた存在で。
必死に手を伸ばすほど、その背が遥か遠くに見える彼方の存在で。
――ああ、それでも。
――才能がないからと。彼女とは住む世界が違うのだと。そう簡単に割り切って、諦めてしまえるような恋なら。ここまで未練がましくしがみついてはいないのだ。
「やああああ!」
見惚れるほどに美しい、流星の軌跡を描いて剣が迫る。
舞うように華麗な身のこなしから、繰り出すは苛烈極まりない斬撃の嵐。
《星剣の勇者》リオ=レグルスの剣舞は、まさに天上から降り注ぐ流星群だ。
「うおおおお!」
それを迎え撃つは、刃もない端から端まで直線の杖。
柄であり打突部である、その全体をフルに活用して斬撃を防ぎ弾き受け流す。
しかし杖を操る少年……ロックとリオの実力差は誰の目にも明らかだった。
ロックの杖はリオの剣を捌き切れず、削り取るように全身の傷を増やしていく。
対して針の穴を通すようにロックが返す反撃は、リオの体にかすりもしない。
ロックは怯みもせず戦い続けるが、所詮わかり切った決着を引き延ばすだけの行為。
やがて、それも限界が訪れる。
「アアアアアアアア!」
「ぐ、おおおおおおおお!」
裂帛の叫びと共に放たれた、渾身の一撃。
それは杖の防御ごと、ロックの体を壁までふっ飛ばす。
壁に亀裂が走るほどの衝突。肺から空気が全て叩き出された。
飛びかけた意識を、歯を食い縛って引き戻す。しかし意識が保てても、肉体はピクリとも反応しない。杖を取り落とした手は小刻みに痙攣し、肌からは汗を出し尽くした。どれだけ叱咤しようが魔力を練ろうが、指先一本まで微動だにせず。
屈んでこちらを覗き込み、汗だくの顔に勝ち誇った笑みを浮かべてリオが言った。
「ボクの勝ち、だね」
「ああ、俺の敗北だ。……ちっくしょうがああああああああっ」
また負けた。
これで六千七百四十二戦、六千七百四十二敗の全敗記録更新だ。
悔しくて悔しくて、ロックは足りない呼吸で羽虫が鳴くように絶叫した。
それを遠くから嘲笑う、聞こえよがしの耳障りな囁き声。
「なに、あいつ。必死こいちゃって、まさか本気で勝てるとでも思ってたわけ?」
「ナイナイ。どうせ『負けたけど精一杯戦いましたー』ってアピールでしょ」
「だって最底辺の《六等星》だぜ? そこまで身の程知らずなんて、まっさかあ」
「どうだか。最底辺の分際で、俺たちの《獅子姫》の隣に居座るような恥知らずだぞ? たまたま同じ村に生まれただけの、卑しい下民のくせしてな」
「全く目障りなゴミだ。あんな魔力も矮小な無能がいては、学院の空気が穢れる。勇者様も内心では、あの蛆虫にたかられて迷惑しているだろうに、御労しい。勇者様の寛大な慈悲にも気づかず、貴重な憩いの時間まで穢すなど、全く許し難いっ」
「なあに、それもこれも明日までの辛抱だ。明日の決闘で我らが《賢者》様が、あの無能を学院から永久に追放してくれるからな」
クスクスヒソヒソと、腰抜けが揃いも揃って煩わしい。
あんなのは負け犬の遠吠えだ。気にするだけ時間の無駄でしかない。
それでも胸が軋むのは、自分の弱さに他ならなくて。
「見ろよ、涙なんて流してみっともない。才能もないヤツの無駄な努力ほど、惨めで見苦しいものはないよな。クズはなにしようが一生クズのままだって、いい加減に学習しろよ。お前なんか、誰も期待していないし必要としていないんだから――」
「そんなに大口叩くならさ、次は君たちがボクの相手してよ」
空気も凍りつく極低温の声色が、負け犬どもの舌を黙らせた。
ここは魔導学院学舎の中庭。ロックのいる壁際と、負け犬どものいる渡り廊下の間には四メートルほどの距離。しかしこの程度、リオにとってはゼロと同じだ。
負け犬どもの『節穴』な目でも、今のリオが激怒していることは理解できたらしい。
視線を泳がせ、腰が引け、剣も抜かないうちから引き攣った笑みで媚びへつらう。
「いや、その、今日はちょっと魔力操作の調子が悪くて」
「勇者様に剣を向けるなど、あまりにも畏れ多いことですし」
「ロックの戦いぶりを馬鹿にするくらいなんだから、君たちは余程もっと上手くできるんでしょ? できもしないくせにロックを侮辱なんかしないよね? なら、今すぐやってよ。ロックを笑い者にできるほどの戦いを、やって見せてよ。――やれよ」
剣閃が数回、流星を描く。
軽い血飛沫が宙を舞い、負け犬どもは情けない悲鳴を上げながら、我先にと逃げ出した。たかが一人一ヵ所ずつ、やや深めに皮膚が裂けただけだというのに。
みっともなく押しのけ合う後ろ姿を、リオは冷え切った眼差しで見送る。凍土よりも壮絶で厳しい眼光は、まさに彼女の異名そのまま。百獣を足元に跪かせる獅子に相応しい、王者の風格があった。
鮮やかな赤髪を腰まで伸ばし、顔立ちは可憐な部類なのに、か弱さは微塵も感じさせない。柔らかさと強靭さを両立させた肢体は、砂一粒ほども無駄がない野生の美だ。
その畏怖すら与える美貌と強さに、付いた異名が《獅子姫》である。
しかし、
「……むぎゅー」
「お前ねえ。ここ、さっきみたいに人が通るんだが?」
「いいじゃん、見せつけちゃおうよ。それに、今更だよ。勝った方が負けた方を好きにしていいって、昔からのルールでしょ?」
こちらの下へ戻るなり、甘えん坊になって抱きつくリオ。
その姿は、獅子というよりはよく懐いた猫だ。人見知りするが、一度心を開けば構って構ってと言わんばかりに頬をすり寄せてくる。頭を撫でればニパーと心底嬉しそうに笑い、それは高貴なお姫様なんかではない、ただの可愛い女の子の笑顔だ。
尤も、リオが心を開く相手は学院どころか世界中見渡しても、ロックただ一人だが。
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