第42.5話 「愛してる」の意味が分からなくても生きていける

「愛してる、真夏」


 好きでもない女子と朝凪を見ながら砂浜の上でじゃれつく俺。一つ年上の彼女は切り揃えた前髪から光り輝く雲母の瞳でこっちを見つめてくる。身長もチビと呼ばれた頃から一気に身長が伸びて、ノッポさんと母から呼ばれるようになった頃だった。


「俺も愛してる。***」


 名前を知らないそれと足を絡めて、お互いの口を吸いあって拙いながらも愛を確かめ合う。これとあの夏の夜、それに似たアイツを無理矢理重ねて手を握りしめあってお互いの性器を服越しに擦り合う。

 そんな気持ちでもないのに俺のペニスは昂って、服越しに相手のワンピースを汚した。


「あーあ、お気に入りなのに真夏のザーメンで汚されちゃった。あはは」


 嘲笑を含んで砂浜の上に横たわっていたそれは立ち上がって、俺のあっけない早漏ぶりを笑うのだった。


「『愛してる』の意味を知らなくても生きていけるよ」


 むかし、虚ろな瞳で夜の太陽を背にそう語ったアイツは、どこへ行ってしまったのだろう? 目の前で彼がヤンキーどもに輪姦されて、傷つけられるのを目の前で見てからもうずいぶん経つ。


 アイツに会ったのもそれっきりだ。白いワンピースを着て夜に夢とか希望とか、そんなくだらないものを語り合っていた年下の少年。少女のように柔らかい声と、夢を現に変えてしまうほどの愛しさで、荒みきった俺の心に太陽を見せてくれた彼の行方を知らないまま、童貞のまま過ごしてきた。


「『愛してる』って陳腐な言葉。おれ嫌いなんだよね」


 アッサリとそう言い切ってしまうアイツは、それでも俺と愛し合う時は気づかぬうちに口にしていたのだ。


「真夏、愛してるって言ってよ……」


 愛情を知らなさそうな瞳で語るその言葉に俺は固唾を飲んで、その柔らかい体を抱きしめてその言葉を口にした。


「ああ。おれもお前を愛してるんだよ。琳音……!」


 するとアイツは、琳音はおれの耳元でささやき返す。


「なあ、意味が分からなくても大丈夫だろ?」


 その言葉の意味を飲み込めないまま、幼かった俺はさらに幼かった琳音と口を吸い合う。愛の言葉なんていらなかった。俺はそのまま琳音の汗を舐め、彼の柔らかい耳朶に甘く噛み付いてその喘ぎ声を聞く。

 すると知らないうちに下半身が熱くなって、琳音と擦り合いながらこの行為の意味を確かめ合った。

 イカ臭いにおいで一回ふと我に帰る。すると砂浜に身を預けていた琳音はハアハアと酸素を求めながら満月を眺めていた。


「やっちまった……」


 彼の白いワンピースを汚して落ち込む俺に琳音は抱きついて慰めてくれた。


「男なら一度はあるもんだよ。気にすんな」


「お、おう……」


 俺より幼い琳音。それなのに、性経験はどうやら俺より豊富だったらしい。そんな彼とももう四年、会えないままだったがもうすぐ夏休みが来る。ネットで再会した俺たちは夏休みに、東北の医者夫婦に養子入りした琳音の元へ会いに行く約束をした。


 待っててくれ。いつかお前が「嫌い」と吐き捨てた言葉を持って会いに行くから。お前の待つ山の奥深くへ。

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