第39話 恋に焦がれた蝶たち

だが真夏は私の清々しい笑顔を無視して通り過ぎ、ベッドの上の琳音くんの首元を掴んで睨み付ける。一体なにが起きたのかわからず、私は真夏から必死に琳音くんを引き離そうと必死に彼の手を掴んで引っ張った。


 私の力は思ったよりも強かったようで、真夏の手が琳音くんの首元から引き剥がされ、琳音くんはベッドに倒れてしまう。私は何があったのか真夏に聞いてみることにした。 


「なにが起きたの?」


 すると真夏はこの世の終わりかというような顔で、睨みつけたその顔を少しも緩ませることなく理由を重そうに答える。


「ケントからラインが送られてきたんだ。お前とキスをした写真がな!」


 さっきは普通にキスをしただけ、と答えた琳音くんを疑って私は琳音くんの方をじっと見た。すると琳音くんはどこか涙目で、さっき私に話したことをそのまま真夏にも伝えた。


「なあ真夏。俺さ、普通の恋が分からねえんだ」


 すると真夏が睨み付けるのをやめ、今度は呆れた顔で自信の頭をかいた。短いその髪はタオルドライさえされていないようで、頭皮からフケが大量に落ちてきた。


「真夏、あんたもあんたで酷いよ。せめて理由から聞いてあげなよ」


「なんだよ。お前は琳音の肩を持つのか?」


「だって体を売ってたことを私に普通に話す子だよ? どこか感覚が麻痺してるってくらいのことを考えなきゃ……」


「はあ」


 真夏が肩を落として私に聞いてくる。用意された椅子に座って、彼は琳音と私が何をしていたのかを問うた。


「ところでお前らは何をしてたんだ?」


 すると琳音くんがどこか恐ろしげな顔をして、震えた指で青葉城趾の地図を指差して言った。その声には震えが混じっていて、真夏を恐れるような恐怖感がまだ残っているようだ。


「八月十一日は真夏の誕生日だから、一緒にデートできる場所を探してたんだ……」


「そうなのか……」


 凛とした瞳で琳音くんを見つめる真夏の様子が変わった。さっきまでは怒りのあまり何も見えていなかったようだったのに、デートをちらつかされて恋心が心に来たようだ。


「さっきまでケントとキスをしていたのに、今度は俺とデートかぁ。まあいいけど」


「さっきのキスはサキが写真を撮って……! 俺、ケントが真夏にラインを送ったって聞くまで知らなかったし……」


「サキってスリー・コインズのメンバーか?」


「そう! あの男の娘」


「お前も男の娘だけどな」


 真夏がそう突っ込むと、琳音くんは小さく笑って私の方を向いてアイコンタクトをしようとしてくる。だが彼の瞳が何を言いたいのかは、私には全く分からなかった。


「それで青葉城趾ってかなり山だろ? お前山に耐えられるのか、その足で」


「なら、やってみる? 俺の足がいまどうなっているか、エッチも込めて確かめてみよう」


 そう艶やかに真夏にセックスを誘い込む琳音くん。真夏は頬を赤くして黙り込んでいる。


「ただ単にエッチしたいだけなんじゃん。でもまあ、やるなら警察にバレないようにね」


 私がそう言うと、真夏は食事台をどかして琳音くんの掛け布団を下げる。そしてそのまま琳音くんの水色のパジャマに手をかけた。


「ほ、本当にやるの?」


「お前が言い出したんだろ? それともなんだ? アイドルとはキスができて、永遠の愛を誓い合った俺とはセックスできないのか?」


「……分かったよ」


 頬を染めて真夏の視界から逃げるように視線を逸らす琳音くんが可愛らしくて、私は思わず写真を撮りたくなった。スマホでその用意をしようとすると、真夏が私を呼んだ。


「なあ真中」


「なに?」


「俺と琳音のセックスを撮影してケントのラインに送ってくれないか?」


「別にいいけど。もしかして悔しいの?」


「くっ、悔しいわけじゃねえよ!」


 真夏が赤い顔をして私の説を否定する。だがこのままではラチが開かないので、琳音くんの関節がきちんと動くかどうかをゆっくり真夏は確認する。


「どうだ、琳音。痛くないか?」


「火傷の跡が引きつって痛い」


 苦痛に歪んだその顔を見ると、真夏もエッチがしたいと言う願望が消えるようで彼はとうとうセックスすることを諦めてしまった。


「どうしたんだよ」


「いや、お前のその歪んだ顔を見るとどうしてもな……」


「ぶー。もっと荒々しい奴だと思ったのに」


「お前の関節を思ってのことだ。仕方ない」


「そうか……。じゃあ早く関節を治さないとな」


 恋敵にセックスの仕返し動画を送ることができないまま、真夏はどこか悔しそうな表情で私を眺める。私は真夏の助けを求めるような瞳に、仕方なくさっきどかした食事台を元に戻して、琳音くんに掛け布団をかけた。


「なあ、十一日はどこへ行こうか?」


「それを考えてたところに真夏が琳音くんの胸ぐらを掴んで怒り出したんじゃない。まあ、仕方ないけどさ」


「琳音にあまり体の負担はかかたくねえんだ。藤峰駅にエレベーターはないし、俺は琳音を背負ってあの階段を降りる自信はねえし」


「もっと見栄を張れよ。メスか」


「俺が階段を踏み外したら琳音が怪我をするだろ?」


「ああ……」


 仕方ないか。そう思いながら、私は琳音くんと真夏がデートできる近場を探しながら、スマホで色々な可能性に思いを巡らせていた。


「ねえ、鳴子温泉ならどう?」


「なるこおんせん?」


「うん。拓也さんに車で乗せてもらえば一時間くらいで着くかな。藤島旅館ってところが特に面白いわよ。大正時代の旅館をまんま使ってるからね、今も」


「へえ……」


 真夏が口元に手を当てて考え込む。温泉は湯治といって、古くから治療法のひとつとして使われているし、仙台より人はいないだろう。


「琳音くんの火傷も治りかけてるし、温泉はどうかな?」


「こんな夏にかあ?」


 真夏が嫌な顔をするので、仙台はどうかと提案すると、今度は真夏がそれを再度拒否してきた。


「電車に揺られて一時間も無理だっつうの」


「じゃあ藤峰公園とか、南百合ユートピア公園とかになるけどそれでもいいの?」


「南百合ユートピア公園? ああ、深夜に行ったあそこかあ。あそこなら行きたいな」


「決定でいい?」


「琳音の火傷跡がどうしても怖いからな」


 本当は仙台に行きたそうな顔をしている真夏だが、恋人が怪我を負っているのでは仕方ない。そう考えたのだろう。


「あとは病院に届けを出すだけか。楽しみだなあ」


 そう楽しみそうに言う真夏に、私は釘を刺すように言い返した。


「でも許可が下りるかは分からないよ。琳音くん、今はこうして杖を使ってるでしょ? 播磨さんの車に乗せてもらうなら別だけど……」


「そっか……。難しいなあ」


 脳内で真夏は一体なにを考えているのか。それは私には分からなかった。

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