第37話 ルビーとアレキサンドライト
「琳音、本当にごめんよ。ウチのスタッフに危険な奴らがいるなんて思いもしなかったんだ」
頭を下げて謝罪するのはスリー・コインズのリーダー、ケント。琳音くんが電気絨毯で拷問された日、表でコンサートを開いていたレッテ社会で売り出し中のアイドルだ。
あのまとまりは無いが、一体感のあるコンサートはファンでもない私の心にもどこか響くところがあった。仲間との絆をメンバーの三人がいかに大事にしているかが分かった。
ケントは実は、孤児院時代に琳音くんと同じ部屋だったのだけど、その縁で藤峰に来てコンサートを開いたのだという。まあ、藤峰はレッテの人口が割合的にとても高い地域だから見逃せないというのもあったのだろうが。
「で、主犯格の名前は何なんだよ?」
真夏が怒りを含んだ睨みで頭を下げたケントを見下ろす。まあ、怒りたいのもわかる。私だってはじめは名前が明かされなかったことに怒りを感じた。だがその理由が「主犯格の動機が『有名になりたかったから』だと知った時は納得して宮城県警察の珍しい措置を翻って褒めた。
世の中には自分の名を知らしめるために殺人を犯すバカが世界中にたくさんいるから、その措置には改めて納得した。まあ、恋人の真夏は納得がいかないようだが……。
「それは……。警察にも言われています。『主犯格のスタッフ名を教えないように』と。だからあなたに教えることはできません」
「この県の警察は無能なのか?」
爪を噛みながらケントを相変わらず睨みつける真夏の肩を私は叩いて、ニュージーランドで起きた例を教えてやる。
「真夏。この世には名誉欲のために殺人を犯す奴がいるのよ……。有名になりたくて殺人を犯したの。例えばニュージーランドで起きた銃乱射事件ね。犯人は死んだけど、警察や国会は決して犯人の名前を世間に公表することはしなかった。意味わかるでしょ?」
「ああ、そういうことなのか……」
それから真夏は肩をストンと落として椅子に座り込んだ。相当落ち込んだらしい。有名になるために、ネットのおもちゃにされている琳音くんを電気絨毯で拷問して、その上動画を撮った。そのショックがあまりにも大きすぎて、彼はどうしても立ち直れずにいるらしい。
まあ、犯人は捕まったし琳音くんも元気だ。それだけが嬉しくて真夏は今日も病院にお見舞いに来た。これで五日連続で真夏はお見舞いに来たことになる。
地元へ帰ろうとした両親にハンガーストライキをしてでもこの藤峰に留まったという、琳音くんへの相当な愛。恋敵ながら私には真似できないと思った。
「まあ、真夏。モンブランでも食べて落ち着こうよ」
「どうせケントからの品だろ?」
「あたり。いまレッテ社会ではモンブランをお菓子に食べるのがブームなんだって。ここの町でもモンブランがかなり売れてるってよ」
そう言いながらモンブランを頬張り、やっと舌が慣れてきたセボリーニャを飲みながら爽やかな玉ねぎ味と甘いモンブランが口内に広がって一つになっていく味覚を感じながら、私は美味しいモンブランに舌鼓を打った。
「おいしいね、これ。どこの店で売ってたの?」
「いやあ、オレの手作りッス。こういうのを作るの、オレ大好きなんで」
何ということだろう。レッテ社会で売り出し中の上に健常者にも人気のアイドルは、お菓子を自分で作ることが得意な甘い物好きな男子だったのだ!
「今までコンサートやら、動画の撮影やらで忙しくて出来なかったんスけど、事件で謹慎になっちゃって時間が余ったんです……」
いやあ、まさか事件のせいで休みになるなんて思いもしなかった。琳音くんに申し訳ないと言いつつ、その余暇で作ったお菓子を土産にお見舞いに来るその度胸に私は度肝を抜かれたような気分になった。本当にこのケントという男は自分の全てに自信がある奴なのだなと。
「琳音くんも食べなよ。おいしいよ。そういえばなんでレッテ社会ではモンブランが流行ってるんだろうね?」
するとケントが人差し指をたてて解説を始めた。
「ああ、それは美雨さんが自分の番組でモンブランを自分に投げつける企画を行ったからッス!」
「美雨さんって風俗嬢の?」
「まあ一言でいえばそうっスね。でもレッテ社会では有名人で、セレブリティなんですよ」
「へえ、こっちだと風俗嬢といえばタブー視される職業なのに……」
「美雨さんは凄いっすよ。十六で風俗店に売られてから、メキメキと頭角を表して今じゃ自分の店を持つようになったんですから」
彼女のヘアスタイルや生き方はレッテの理想みたいなものッスよ。そう言い放って自作のモンブランを頬張るケントの髪色は、美雨さんと同じような赤だった。赤に香澄さんのように目元にラメを付けて、化粧をしている。
「もしかしてケントも美雨さんの髪色を真似たの?」
「よく分かったッスね。あたりッス!」
喜びながらそう答えるケントに、何故だか私は嬉しくなってケントの肩を思わず叩いて誘ってみた。
「今度さ、もしよかったら美雨さんのお店に行かない?」
すると彼は眉を潜めて、頭を抱えた様子で真夏のように椅子にへたり込んで答えた。
「実はスリー・コインズの三人で行ったことがあるンスけどもぉ……。一階に通されたんですが本当に客が酷い奴らばっかでビックリしましたよ。サキのことを店員だと勘違いして体を触ってくるわ、俺をホモ呼ばわりするわ、アラを風俗店に連れ去ろうとするわ……。本当に修羅でした」
同じ芸能界に身を置く存在なのに、どうして美雨さんはスリー・コインズの彼らをVIPルームに誘わなかったのだろう。不思議に思いながら、私は逆にVIPルームに通された琳音くんの方を見つめる。
「なんだよ、真中」
すると私の視線に気づいた琳音くんが私に目配せをして聞いてきた。さっきの話を聞きながら本を読んでいたようで、私たちの声が邪魔だったようだ。睨み付けてきてその睨みが嫌というほど怖さを増してきて恐ろしい。
「あ……。本を読んでたんだね、琳音くん。マジごめん。それでさ、さっきの話を聞いてたでしょ? ケントは一階席だったのに、琳音くんや私たちはVIPルームだった。これって何かあるのかなって」
すると病室の入り口が開かれ、よく通る低くて色っぽい声が病室に響いた。もし普通の男だったら、この声を聞いただけで股間に来るものがあるだろう。
「だって分かってほしかったの。芸能界で商売するってどういうことか。琳音くんは一階席に連れていくと何されるか分からないから通したのよ」
そこには染めたばかりの濃い赤髪の女性がスッピンで、帽子を目深にかぶって病室の入り口を閉める姿があった。
「琳音くんと真夏くん。真夏くんがまたプロポーズしたって聞いたわよ。おめでとう。それでお祝いに私もマカロンを買ってきたの」
ちょうど相対するように立ち合うケントと美雨さん。ケントは美雨さんに頭を下げて自身のモンブランを美雨さんに渡そうとした。
「あっ、美雨さん。ちょうどあなたの話をしていたところだったんです。今日は僕が作ったモンブランを持ってきました。もしよかったら食べませんか?」
「これってもしかして、アレ?」
眼鏡を片手で上げる仕草をする美雨さん。私はその姿を見ながら不思議に思ってその会話を聞いていた。
「そう。アレです。あなたの番組でやっていた」
「そうなんだ。ケントくんはやっぱり空気が読めるわね」
「そんなことないッスよ……」
そうつぶやきながら頬を染めて自身の頭を撫でるケント。私はその姿を見て、美雨さんがいかにレッテ社会で尊敬される存在かを知った。
「もしよかったら私にも選ばせてくれない? モンブラン」
「もちろんッスよ」
そうニカッと笑いながらケントは箱の中に入ったマカロンを美雨さんに選ばせる。美雨さんは少し色の変わったマカロンを選んで、それを頬張った。
するとガチッと何か硬い音がして美雨さんがケントの目をじっと見た。その瞳にタジタジなケントは困惑しながら説明した。
「モンブランの中にルビーのネックレスを入れたんっスよ……」
「私の番組ではサファイアだったんだけど……」
「まあ、仙台の宝石店を探していたら買えるのがそれしかなかったンスよ。すみません」
「いや。私は気にしないけど……」
琳音くんもモンブランを頬張る。すると、確かにガチッと音がしてそこからルビーらしきネックレスが出てきた。
「俺も出てきたぞ。なんだよこれ」
「あれっ、どっちがサファイアでどっちがアレキサンドライトだったかな……?」
不思議そうに考え込むケントに、私はスマホを見ながらこう伝えた。
「自然光に照らして蒼く見えたらアレキサンドライトだって」
「俺たちはレッテだから無理だなあ……」
「じゃあ帰ってからのお楽しみ、ということで」
さすが美雨さん。大人の対応をするなあ。私は彼女が何故風俗店で人気が出たのか、なんとなく察した。それからしばらくして、ケントが帰って美雨さんと真夏、私が残った。
「今度は高い指輪でプロポーズしたんだって? おめでとう。真夏くんも琳音くんも」
そう微笑む彼女はどこかいつもの特別な女性とは違い、普通の女性のように思えた。私は琳音くんに布団に入るよう言う。
大人しく布団に入った彼。私はそれを見て電気を消して、夕焼けが微かにカーテン越しに通る病室の光に照らした。すると少しずつ微かに蒼くなっていく宝石に驚きを覚えて琳音くんに聞いた。
「ねえ、琳音くん。アレキサンドライトの石言葉ってわかる?」
「アレキサンドライトだったのかよ? 分かんねえな」
「ひめた思い、だって」
すると琳音くんは布団から芋虫のように這い出て、アレキサンドライトの光る様を見つめる。私は初めて見た宝石に嬉しく思いながら、こう冗談を漏らした。
「もしかしてケントも琳音くんのことが好きだったのかもね」
「……そうか?」
「だって、普通だったら一人で謝罪に来ないでしょ。手作りのモンブランを作らないでしょ?」
「モンブランの中に石を込めて想いを告げるのはレッテ同士ではあることだけどな」
「じゃあなおさら、じゃない?」
「もしかして美雨さんへの想いだったかもよ」
そう彼は言いながら真夏からあの日もらった指輪を眺める。アレキサンドライトよりも、ずっとダイヤの指輪の方に夢中でニヤニヤしながら真夏を横目に希望を感じているようだ。
「真夏、ありがとうな」
「あ、ああ……」
一方の真夏はずっとケントが帰ってから、病室のドアを眺めて睨み付けていたのだけど、私以外の恋のライバルが出てきたように感じられて悔しかったのかもしれない。しかも相手は健常者にも人気のアイドルで、料理もできて金もあって。
美雨さんへの想いの可能性もあるのに、どうしてケントをライバル視するのだろう。私は不思議に思いながらカーテンとカーテンをクリップで閉めた。
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