第34話 舞台裏とステージ上

あっ、ダメだ。いくら健常者にも人気なアイドルグループとはいえ、ライブのノリと歌についていけない。


「君が『綺麗だ』と言ったものに僕は印を残していくんだ」


 ケントと私の名前を群衆の前で呼んだ少女、それと黒髪を長く伸ばした、厨二病を患っていそうな包帯少年が歌を歌っている。

 それに合わせて群衆も『抱いて』や『ウインクして』などといった、派手な団扇を挙げてキャーキャー叫んでいた。


 私はアイドルグループ、もといスリー・コインズについては沙羅からその名前を聞くまで知らなかったから正直困惑して、無理して踊っている。


 するとそれに気づいたケントが耳打ちで私にこう聞いてくる。


「ライブは初めてか?」


 私がうなずくと、彼は歌いながら私の踊りに合わせてギターを弾いた。キーがRtunesで見たものと微妙に違う。


「藤峰のみんな! よくオレたちのショーに来てくれたな! 今日は藤峰に来た記念としてオレはみんなに感謝してる。そこで、真中の踊りはどうだったかな?」


 ここでファンの集まりからブーイングが飛んでくる。「なんでその子だけを贔屓したの?」「私も上げて欲しかった」などといった文句がスリー・コインズに浴びせられる。


 途端、制服を着た沙羅もステージの上にやってきた。初めて生でケントを見たからか、涙でいっぱいの様子だ。しかし、その中には驚嘆の気持ちも含まれているようだ。


「ケントくん……!」


「お嬢ちゃん、お名前は?」


 さっき私の名前を言った女の子がマイクを沙羅の口に寄せて聞いてきた。群衆はさっきのブーイングとは違い、どこか手に汗握るような様子でその答えを待った。


「堤沙羅です。推しはケントくんです……」


 消えそうな声でそう答え、もじもじさせている彼女にケントがやってきて、沙羅の顎を優しく掴んだ。そして目線を上げると笑っていった。


「オレがケントだ。よろしくな、沙羅ちゃん。オレに叶えて欲しい願いとかあるかな?」


 いきなり推しに叶えてほしい願い事を聞かれても、沙羅は困惑するだけだろう。そう思いながらふたりを見つめていたのだが、沙羅はモジモジした様子で少しずつ答えていく。


「ケントくんの……、唇に触れてみたいなって……」


 するとケントは沙羅の唇に触れて、口づけした。さらに口付けだけではない。舌を入れて口内を蹂躙し、彼女を抱き寄せてお互いの舌を吸いあったのだ。唇から唾液がこぼれるとそれさえ吸って、私たちは何を見せられているのかという気分になった。

 キスが終わり、口元を拭くことなくそのまま茫然とした状態の沙羅。私は彼女がファーストキスを推しのアイドルにされた感想を聴きたくなった。


 すると突然、ステージの上でケントが口を開いてキスの感想を聞いてきた。


「どうだった?」


「は、初恋の味がしました……」


「お前、オレがファーストキスの相手かあ! オレも初めてを奪えてよかったぜ」


 そうウインクしながら口にするケント。彼がそう言った途端、会場でもやはりザワザワして「わたしもキスして!」と叫ぶおばさんの声がよく聞こえた。


「そうそう、俺の親友がこの町に住んでるんだよな。来てもらおう円琳音まどかりんね!」


 そうケントが腕を広げて呼んだ途端、琳音くんがステージ上に姿を現して、恥ずかしそうにスカートの裾を押さえながら登場してきた。


「お前は施設にいた時から可愛かったもんな」


 そう口にするケントの言葉に、琳音くんは黙ったまま下を向いている。するとステージ上の少女が琳音くんをサポートするように声を上げて彼の背中をさすった。


「私はサキって言うの。琳音くんと同じ街の出身だよ? よろしく」


 すると琳音くんも同じ街の出身ということで心を開いたらしく、微笑んでマイクを受け取った。


「えっと、こんにちは。円琳音です。五歳までサキちゃんと同じように、大阪に住んでいました。……都島区といえば桜が綺麗なんですよね!」


「そう! 桜が綺麗な公園があるのよね!」


「というわけで季節外れだが、桜にまつわる歌を用意してきた。お前ら耳の穴をかっぽじってよく聴け」


「はーい!」


 ケントが割り入って歌を披露することを告げると、ファンは喜びながらその曲を聴くことにした。さっきまでの騒がしさが嘘のようだ。


「桜の宮だ。歌うぞ」


 するとドラムの音が騒がしくなり始め、ピアノのキーもうるさく鳴り響く。大人しそうなタイトルとは逆に、なんと騒がしい歌なのだろう。


「並木通り、歩いてきた僕らは桜の木を眺めて笑い合ったね」


 ここで琳音くんは困惑しながらも歌をじっと聴く。その間、ファンも大人しく黙って曲を聴きながら、沙羅なんて涙を流していた。


 なんというか、歌詞はどこの歌にもありそうなベタな曲なのに、伴奏が激しいせいで歌詞にあっていないのだ。どうしてだろう?


 そうこう言っているうちに曲が終わり、聴き終えたファンたちは感激のあまり歓声をケントたちに浴びさせていた。


「アンコール! アンコール!」


「じゃあ琳音には一度帰ってもらおうか。沙羅ちゃんや真中もバイバイ」


 そう言われて私たちはライブ会場に戻った。沙羅とふたりでライブを見ながら、炭酸ジュースを買って飲むが、何分待っても琳音くんは戻ってこない。


「戻ってこないなあ、琳音くん」


「ラインで呼んだら?」


 沙羅にそう言われてラインで琳音くんにどこにいるかを聞くも、返事が返ってくることはなかった。いつもなら数分後にはすぐ返事をよこしてくれるのが琳音くんなのに、おかしい。きっと何か起きたはずだ。

 すると、誰かの叫び声が大きく聞こえてきた。沙羅はその恐怖を帯びた大声に困惑し、どこか怖がっている。


「なんか大声が聞こえてこない?」


「私も聞こえた」


 琳音くんが大声をあげたらこんな感じになりそうだな。そう思って私は沙羅に荷物を預けてステージの裏へと向かう。


「ごめん。ちょっと琳音くんを探してくるよ」


「わかった」


 私は琳音くんを探してステージの裏までやってきた。すると、そこには何かの装置と繋がった電気絨毯の上で殴られ、青痣を作った琳音くんが横たわっていた。背中まであった長い髪も無様に切られ、右目も抉り出されていた。かろうじて神経は繋がっていたけども。


「おいおい。お前の親父のせいで俺は悲惨な幼少期を送った。犯したし、願掛けの髪も切り落としてやった。だが復讐はこれじゃ足りねえんだよ」


 ピアノのキーが鳴り出す。すると琳音くんはバチバチ言う電気絨毯の上で喚きながら涙を流した。


「何やってんですかあんたら……?」


 私はそう言うと男たちから逃げて警察と救急車を走りながら呼んだ。


「もしもし、警察ですか? 男の子が電気絨毯の上で拷問されているのを見ました。……ええ、藤峰公園のライブ会場です」


 追ってくる男たちの目を巻くためにファンの群衆に紛れて、私は救急車も呼んだ。


「救急車お願いします。男の子が藤峰公園のライブ会場の裏で拷問されてるのを目撃しました」


 それから数分後、先に救急車が到着して会場は一時騒然となる。いきなり訪れた救急車に、スタッフ一同対応しながらステージ裏の琳音くんをストレッチに乗せて、病院まで運ぶ。


 一連の騒動のおかげか、ライブ中止のアナウンスがなされ、ファンの間ではガッカリするような言葉が聞こえてきた。


「ステージのスタッフがゲストに拷問してたらしいよ」


「それマジ? せっかくケントを見るためにここまで来たのに……」


 そう話すファンたちの声を無視して、私は琳音くんを運ぶ救急車まで走って琳音くんの無事を祈った。その時、沙羅が私の肩を叩いて慰めてくれた。


「あの子は何度倒れても起き上がれるよ」


「うん……」


 ライブ中止で騒がしい公演の中で、私は涙を流して琳音くんの無事を祈ることしかできなかった。

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