空の城を爆破せよ

第27話 人気風俗嬢のお店で

「……ねえ琳音くん、真夏」


 播磨さんの自宅の一室で、私と琳音くん、真夏の三人はそれぞれ暇を潰していた。私は夏休みの課題を床でこなし、琳音くんは何か洋書を読みこんで、真夏はベッドで昼寝をしている。


 時計を見ると午後二時。


 まだ夕刻になるには早い時刻だが、部屋が遮光カーテンで仕切られて日光を浴びられない分、体感的に現在時刻を知ることが難しくなっている。唯一の頼りは壁掛け時計だけ。明朝体で書かれたような数字と少しおしゃれを気取ったような針。どこかアンバランスなお洒落さに私は困惑しつつも、時計を見ながら話し出す。


「ん? なんだよ真中」


 起き上がった真夏が、私を重たそうなまぶたにより細められた目で見つめる。クーラーがガンガン効いてむしろ寒いくらいなので今日はカーディガンを羽織っているが、他の二人はシャツなりノースリーブなりを着て、全く平気そうに振る舞っていた。


「ずっとこの部屋にいてつまんなくない?」

「そんなことないぞ。Netflixでドラマや映画はいっぱい観れるし、夜になれば琳音とお茶をセボリーニャを飲みながら映画を見るんだよ」

「何それ。羨ましいんだけど!」


 琳音くんも何か言って。私がそう話しかけると、琳音くんが大きな洋書をパタンと閉じて、振り返って私を睨みつけた。なんというか、せっかく漫画が面白いところで、親が勉強しろと部屋に押しかけてきたときの私みたいな顔をしている。


「あー……。なんだよ」

「とにかく! 私は外に出たいの。どこかいいところない?」

「こんな田舎町にねえ……」


 首を傾げながら口元に手を当てる琳音くんはしばらくじっと考えこむ。瞳を閉じて、真剣な顔をするその姿が可愛らしくて、思わず写真を撮りたくなったほどだ。そんな彼がうんうん唸りながら数秒経つと、琳音くんは目を丸くしてなるほどとばかりに左手のひらを右手をグーにして叩いた。


「ああ!」

「どこか面白そうなところがあるの?」

「美雨さんって人がやってるお店があるんだけど……。行ってみる?」

「へえ、どんな所なの?」

「それは行ってみてのお楽しみだな」


 ニヤリと笑う琳音くんの意図を、表情から読み取れなかった私は馬鹿だとつくづく思わされる。

 播磨さん宅を出て、奥へ奥へ進んでいくと山に行き当たる。その山の中にレッテたちの繁華街というか、国分町みたいな女や酒で魑魅魍魎とした地区があるのだが、帽子やレインコートでその身を隠したレッテたちが風俗店と思しき店へ行く中、シャツにジーンズという一般人も混ざり込んでいる。いや、一般人の方が多いか。


「こんなところ、私たちまだ未成年だよ?」

「まあまあ、今は昼の時間帯だろ? 風俗嬢がカフェをやってるんだ。色んなコスチュームを着てな」

「何よその危なさそうなお店は……」


 奥へ奥へ進んでいくと、完全に中身がわからない店の前に小さな立て看板が書いてある。その文字をよく読むと、『めぐみちゃん 12:00〜18:00』とチョークで書いてあった。『めぐみちゃん』って、アレックス監督が真夏と琳音くんの青姦動画を見せて「ブラー」って言ってた人? 不思議に思いながらも、私は暗くて重そうなドアを開いた。


「おじゃまします……」


 すると中年から学生と思しき若者まで、男性で中はいっぱいだった。男の汗臭さがこれでもかというほどムンムンと漂ってきて、家に帰りたくなる。

『そのまま立ってお待ちください』と看板が立っていたので、私たちは三人でずっとそのまま男たちを観察しながら店員が来るのを待つことにした。


「めぐみちゃんのダンスはまだなのか?」


 私が聞いた言葉が性的な姿を想像させる。最近観たな。ブラジル映画で、コールガールがブログでありのままを書いたら人気になったという。原作になったその自叙伝は本国で二五〇万部を突破したそうだ。


 エムネはレッテ版Twitter兼五チャンネルのような魑魅魍魎ぶりが有名で、レッテたちによるレスバはスウェーデン語と英語と、あとはそれぞれのユーザーの国の言葉が混ざり込んだコロニー言語でなされることが多い。そのためか、一般人はついていけなくてレッテにとって大事な情報源になっていると聞いた。


 琳音くん曰く、めぐみさんはエムネの中でフォロワー数が日本国内ではトップクラスで、エムネで語られる彼女の本音は男たちの本能をそそるのだという。めぐみさんをフォローするために、エムネにわざわざ登録する健常者もいるほどだと。


 そんな彼女が自分で経営しているお店。そう聞いていやらしいことを想像した私だが、やっぱり店の客たちもエッチなことを求めてやってくる男たちばかりだ。みんなこの繁華街のこの娘が名器だとか、あの人妻はフェラが上手いとかそんな話ばかりしている。


「……すごいお店だね」


 私が琳音くんと真夏に話しかけると、メイド服を着た店員がやってきて遅くなったことを謝罪した。


「遅くなって申し訳ありません」

「大丈夫です。それよりもめぐみさんに伝えていただけませんか? 琳音が健常者二人を連れてきたって」

「ああ、琳音くんですか。承知しました。それではご案内しますね」


 店員に案内されるがまま、私たちは自分たちを見て羨ましがったり、罵倒してくる客を横目に二階のVIP席へ通される。こんな人気風俗嬢にも顔を知られているとは、琳音くんはやっぱり只者ではない。一体何者だろう。様々な疑問が降っては沸いた。


「こちらでございます」


 VIPルームの扉を開くと、そこには公演するときに使われるようなスペースと上質そうな椅子と大理石の机が並んでいて、カーテンで光は完全に遮られていた。

 二十人は入りそうな部屋に私と琳音くんと真夏。三人だけが食事をするにしてはあまりにも寂しすぎる空間だ。


 私と真夏は琳音くんを挟み合うような形で好きな席に座った。それを見た店員はクスッと笑って去っていった。


「めぐみさんってあの赤髪みたいな人? 俺たちの青姦動画を見て泣いてたさ……?」

「そうだよ。播磨さんのお隣で、昔から世話になってたんだ」

「へえ……。レッテはああいう人が好みなんだな」

「めぐみさんの魅力は俺もわからねえ。でも、風俗で骨抜きにされた奴は多いって聞くぜ?」

「そうなんだ……」


 真夏が琳音くんを不思議そうな顔で眺めている。その様子があまりにも滑稽で、写真に撮ってやろうかと思ってしまった。


 それからすぐノックする音が鳴って、私たちは思わずよそ行きの姿勢になる。扉を開くと、そこには確かにめぐみさんがいた。浅黒い肌に大きくて威圧感のあるタレ目、赤い口紅を引いた小さな口。どこかアンバランスな女性がブーツを履き、黒いノースリーブワンピースを着ていた。


「琳音くん久しぶり!」


 子供との再会を喜ぶ母親のような表情をして、めぐみさんは琳音くんに駆け寄ってきた。琳音くんもどこか嬉しそうな顔をしてめぐみさんの抱擁を受けている。


 私が琳音くんをいつも抱きしめてきたのに。こんな風俗嬢にその立場を奪われるとは、なんというか、心外だ。

 私が心にヤイバを忍ばせながら無表情でその光景を眺めていると、めぐみさんは私に気づいて私にも抱きつきながら嬉しそうに話しかけてきた。


「あなたが真中ちゃん? 琳音くんと会うたびに少しずつ笑う回数が増えていったの。真中ちゃんが色々やってくれるからだって。琳音くん、今まで笑わなかったからさ。嬉しいんだ。ありがとう」


 突然の抱擁に驚きながら、私は琳音くんが自分と関わってから少しずつ笑顔の回数が増えたと言われ、思わず懐柔した。


「そ、そうなんですか……?」

「ええ。まさか私のお店に来てくれるなんて思いもしなかったわ」

「私は琳音くんに誘われてきたんですよ」

「ええっ? じゃあ琳音くん、私のお店までわざわざ友達を連れて来てくれたの……。やっぱり持つべきは友ね!」

「は、はあ……」


 馴れ馴れしいレッテの風俗嬢に引きながら、私はこれがレッテの挨拶なのだと気付かされる。フランスではビゼといって友人に挨拶の時にキスすると聞いたことはあったが、まさか抱きしめられて挨拶される日が来るとは……。この馴れ馴れしさが男たちの感情をそそるのだろうか?


「私は羽村美雨はむらみう。このお店のオーナー兼店員もやってるわ。よろしくね、真中ちゃん」

「は、はい……」

「美雨って呼んでいいからね。よろしく、真中ちゃん」

「分かりました……」


 それからめぐみ改めて美雨さんの抱擁が終わり、今度は真夏がその抱擁を受けていた。やっぱり予想通り、真夏は頬を赤く染めてタジタジだ。


「よ、よろしくお願いします!」

「そんなに改まらないで。私もあなたと同じように、琳音くんのお友達なんだから……」

「はっ、はい! じ、実は俺、琳音の彼氏なんですよ……」

「?!」


 美雨さんはどこか驚いたような表情で琳音くんを見つめる。その顔はどこか驚きと息子が結婚したときのような嬉しさというか、複雑な感情が見て取れた。


「じゃあ、あなたがあの……」

「そうです……」


 消え入りそうな真夏の声が素直に認める。流石にこれはかわいそうだと思いつつも、私はその様子をまざまざと楽しみながら見ることにしたのだ。


「あの動画、よかった。叫ぶところなんか特に、青春を感じたわ」

 あれは芸術じゃない。人間とレッテの交わりよ。そう嬉しそうにささやく美雨さんの声が聞こえた。


 本当にあれは美雨さんにとって感動するような作品だったようだ。私にとってはタダのハメ撮り、盗撮だったけど。


「ねえ、今日はどうしていきなりここに来たの?」

「私が暇だから外に出たいって言ったんです。そしたら琳音くんがここに案内してくれました」

「へえ……」


 ジト目で琳音くんを見つめる美雨さん。琳音くんはそれを恥じるようなことはせず、むしろ堂々と言った。


「あの動画を見て、僕たちの交わりを見て『よかった』と言ってくれた人の店で昼ごはんを食べたかった。それだけです」

「ほお……」


 琳音くんは珍しく堂々と話し出す。その様子の珍しさに私はただただ目を見やることしかできなかった。

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