第26話 虹色監督

真夏の土曜日の夜空は、藍色に白い星々が銀色に輝いている。そこに添えられた月は黄金色の光を地上の私たちを照らし出す。晴れたスウェーデンの旧市街、削られたダイヤモンド、そして琳音くんのように、ここまで『美しい』という言葉が似合う夜空も珍しい。


 それなのに、私たちがしていることは実に汚い。実はこの日、琳音くんと真夏の夜をこっそり観察したいとアレックス監督がこっそり仙台から時間をかけてやってきた。


 夕陽を背に、歪なグラデーションを放つ彼女の髪が光る。その光がやけに印象的で、これまでのことを思い出せていない。


「なんだよ睨みつけて! セックスするならもっと射精しろ! 相手のことを思う時は名前を大声で呼んでやれ!」


 そう叫ぶ琳音くんの声が公園から少し離れた駐車場にも聞こえてきた。一体何が起きているのかわからず、私は夢中で撮影に興じているアレックス監督に声をかけた。


「監督、何か見えたんですか?」

「セックス」


 …………。何というか、開いた口が塞がらない。私は確かに監督に琳音くんを撮るよう頼み込んだ。でも琳音くんと真夏のセックスを撮れとまでは言っていない。


「やめた方がいいですよ、監督」


 すると監督は私を睨みつけてガンつけてくる。ずっと黙りこんで、その彫りの深い顔で睨みをきかせてくるのだから怖いにも程がある。月光により彼女の顔にできた陰影のせいで、なおさら怖く感じる。


「私は撮りたい。レッテと人間の交わりを。人間扱いされないレッテと人間がする交尾。人と人との交わり。それがレッテという括りのせいで普通扱いされない現実に突き付けたいの」


 監督がやっと口を開いた。なるほど、レッテと人間の交わりか。それも性行為。同性による交尾。自然であるべきことなのに、今までどうして忘れていたんだろう。この町にはレッテの風俗店があるのに。レッテと人間の子供も普通に小学校に通っているのに。


「でも、これ児童ポルノになりません? 琳音くんは十五歳だし、真夏だってまだ十五歳らしいですよ」


 するとハッとした様子の監督が眼を丸くして、また私の方を向いた。やっとそのことに気づいたらしい。


「ああああ! もう私ったらバカ!」

「んー。とりあえずこれ、どうします? 全裸監督以上のレイティングがかかりそうですよ? 琳音くんと真夏の許可も得ないとだし……」

「真中! これは恥ずかしいお願いなんだけど……。あのふたりから許可をもらってくれない?」


 さすがに監督とはいえ、やりすぎだ。このお願いは流石に無理だ。


「ちょっとこれは……」

「うーん、もう仕方ないかな」


 途端、監督がカメラに戻った。どうやらちょうどいい場面に遭遇したらしい。


「ナイシー!」


 監督は何を撮っているの? 私は疑問に思いながらも、翌日琳音くんと真夏を呼び出した。


「琳音くん……。ごめんね」


 消え入りそうな声をした私が真夏の泊まる部屋をうろついているのを見て、彼らも何が起きたのかを薄々察していたようだ。

 私は監督から借りたパソコンに保存された動画を開いた。


「……んんっ、んーっ!」


 暗闇から聞こえてくる琳音くんの喘ぎ声と、拘束されて身動きできない様子のワンピース姿がうっすらと見える。これぞ本物のハメ撮りだ。


「……真夏のちんちん、大きいからやだ!」


 きちんと綺麗な音声で収録された自身の声に、恥ずかしいのか琳音くんは眼を背ける。赤い顔をして真夏とお互いを見つめるその様はどうしようもない。


「…………」

「これをネットに上げたいって。監督が」

「どうして?」

「レッテと人間の交わりを描きたいんだって……」

「俺もう恥ずかしいからやだ!」


 とうとう崩れ落ちた琳音くん。それを抱きとめる真夏は、どこかヒーローのように見えた。私がヴィラン。まあ、それはそうだよな。


「俺は反対だぞ!」


 真夏も声を上げる。どうしようもなく、私は『無理でした』とラインで監督にメッセージを送ろうとした。

 すると、突然ピコンとスマホの通知音が鳴った。開くとどうやら監督のようで、ビデオメッセージが送られていた。


「何よいったい」


 ぶつぶつ独り言を呟きながらビデオメッセージを開くとそこにはブルネットのような、ワインレッドのような髪色をした女性が映っていた。


「これは……、ブラー。ブラー。ソー・ミケット(いい。いい。とっても)」


 女性は琳音くんたちのハメ撮りを見ながら色々物を語っている。だが所々スウェーデン語か英語か。なかなか分かりにくいアクセントにスラングが連なって私は分からなかった。

 だがスマホには琳音くんと真夏が集まっていて、その女性の反応に夢中になっている。映像の女性は涙を流しながら色々言っている。


「この人……、めぐみさんだよ」


 琳音くんが泣き上がりの声で小さくつぶやいた。めぐみさん? 全く私には分からない。


「めぐみさんって誰?」

「……レッテのポルノ業界でトップを走る方だよ。俺はともかく、レッテの男たちはこの人のエムネを必ずフォローしてるくらいだ」


 南米系の顔をした浅黒い肌に赤い口紅がどこかアンバランスなこの女性がレッテの男たちの女神様だと? 私はポルノ業界のトップがどうしてこの動画を見ているのかよりも、レッテが好きな女と一般人が好きな女のタイプに驚いていた。


 エムネとはスウェーデン語で糸。『言葉の糸を紡ぐ』というモットーを基に作られたレッテ向けのSNSだ。


「さすがに俺たちは無理だけどさ、まあ……。そんな人が言ってるならいいセックス……だったのかもな」


 真夏が言い出す。


「まあ、悪くはなかったよ。俺も好きだし」


 琳音くんも頬を染めて言い出す。残念ながらこの児童ポルノはお蔵入りだが、また監督のパソコンが乗っ取られたらどうしよう。私はそんな不安でいっぱいだった。

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