第24話 夕方の前戯

「ねえ、今夜はどこに行こっか?」


 写真を撮ったあと、俺が渡したハンカチで精液まみれの顔を拭く琳音が聞いてきた。俺は罪悪感と、それと相反する背徳感で何も考えることができずにいる。すると、それに気づいた琳音が吹き終えたハンカチを俺の顔に投げつけてきた。


「くっせえ!」

「真夏のザーメンだよ?」


 とぼけた表情で聞いてくる琳音に、俺は何もできないままされるがままだ。琳音はさっそく俺の手を引いて、目を細めて笑った。


「あははっ。真夏のザーメン、懐かしい」

「今回が初めてだろ?」


 すると彼はどこか遠い目をして、ベッドの上に座ってうつむいた。その俯き加減のせいか、琳音の闇がより深く見えてしまう。


「もう覚えてないんだね。ほら、湖水浴場で泳いだ時にお前言ってたじゃん? おれの透けた胸で精通したって……」

「ああ、あれか! 覚えてるぜ。琳音が湖なのにクラゲを探しに行こうとして、俺が止めたんだよな……」

「うん。結局クラゲは見つからなかったけどな……」

「だな……」


 カーテンの隙間越しに入ってくる夕陽を背に、俺たちはふたり、ベッドの上で黙り込む。そのまま会話に行き詰まって黙り込んでも、もう気まずいと思うことは無くなった。琳音と出会ってから別れるまでの十五日間、沈黙は割とあったことだから。


 同じ中学に進学した青崎と話が途切れ途切れになって話題がつきようとも、もう新しいそれを探すことはなくなった。その度に青崎には怒られるのだが。


 それにしてもこの沈黙。一体いつまで続くのだろう? なんとなく考えていると、琳音がその赤い唇を開いて言葉を放った。


「藤峰ってさ、駅の近くにある公園が有名なんだよ。毎年春になると、藤や桜が咲き乱れるんだ」

「そうなんだ。あの山がそんなに有名なのか」


 脳内でホームから降り立った時のことを再生する。電車が駅を去って見えたのは、駐車場の奥にある小いながらも青々しい山。そこに人の様子はない。まるでドラえもんに出てくる裏山のようだ。


 今夜はもちろん。


「じゃあ行ってみようか」


 俺はさっきの罪悪感はどこへ行ったのかと気にしつつも、琳音の小さな手を握ってやる。すると彼も俺を見上げて微笑み返す。


「もちろん。山の中腹にブランコがあって、そこから見る夜景が綺麗なんだぜ」

「ブランコ、行ってみようか」

「うん!」


 笑顔の恋人に内心嬉しくなりながら、俺は琳音を抱きしめる。温い体温、吸い付くほどに柔らかい肌、砂糖のように甘い唇。全てを瞳に収め、感じながら俺は琳音の返事を待つ。だが何秒待っても彼は何も口にしない。


 何が起きたのかと不安になっていると、琳音が急遽抱きしめかえして俺の耳元でささやいた。


「……今夜はいっぱい楽しもうよ」

「お、おう……」


 俺はそれから何もいうことができないまま、クーラーがかかっていても暑く感じるほどに熱く感じる琳音を抱きしめ続けた。

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