第22話 思い人との再会

「琳音……!」

「真夏……!」


 藤峰駅の古びたホールで再会したふたりは抱き締め合い、琳音くんは体格のいい真夏に抱き上げられて体のあちこちをキスされている。


 チュッ、チュッと真夏の唇が音を立てて琳音くんの体を楽しんでいるのを見て、思わず「虫かよ」と言いたくなったのは内緒だ。


「琳音、お前瞳の色が違うんだな」


 やっと気がついたか。というか四年前には気づかなかったの?! 私は疑問に思いながらも暑い中、ハンカチで汗を拭きながらその様子を見ていた。


「左目は……、小さい頃にお父さんと一緒に無くなっちゃった」


 悲しそうな顔をしてうつむく琳音くん。涙を堪えるその姿に、私も思わずギュッと胸にくるものがある。琳音くん、頑張ってこらえて。心の中でそう言うことしかできなかったが、彼はそれでも泣かずに自分の過去を話しきった。


「でも、その瞳の違うお前が大好きなんだ。俺もお前も四年間ずっと、寂しい思いをしてきた。だから今度は一緒に生きよう……!」


 この言葉に琳音くんはどう答えるのか。ハラハラドキドキしていると、琳音くんも微笑みながらこう返す。


「うん。俺も真夏にずっと言いたかったことがあって……。大人になったら一緒に暮らして、最期まで生きよう」


 その答えに感動したのか。真夏は琳音くんの体を抱き上げてその唇にキスをした。外国人がする感じの唇噛みから始まって舌を入れての口内の蹂躙、垂れた唾液さえそのまま吸って琳音くんのありとあらゆる場面を楽しんでいる。


 内心うらやましいなと思いながらも、やはり私は部外者としてその場を見ることしかできない。ふたりのイチャイチャをぼーっと眺めていると、琳音くんが手を引いて真夏のところへ連れてきた。


「こいつ千代真中ってんだ。十四歳の中三。優しくしてやれよな?」


 真夏が私を見下ろすなか、私はどう自己紹介すればいいかわからずにそのまま立ちっぱなしだ。


「ち、千代真中です……」


 うつむきながらボソボソ口に出すと、真夏は私の顔をじっと見つめる。失礼なやつだなあ、と何気なく思っていると彼はこう口にしたのだ。


「見た目は悪くない。むしろいいな」

「もう真夏、俺だけを見てよ!」

「ああ、わりいわりい。でもお前の友人さあ、おっぱいでけーじゃん。脚も太くて触りがいがあるし……」

「まあ真中は外見だけはいいからな」


 琳音くんだって何よ。私と一緒に風呂に入ったことがあるのに、その言い方はないんじゃないの。


「で、この後播磨さんちに移動して撮影するんだよな……?」

「そうそう! 俺んちは監視が入ってるから撮影しづらいんだわ」

「じゃあ、そろそろ駅をでよっか」


 私がそう言うと、琳音くんは私と歩調を合わせるように赤いレインコート を羽織って真夏と手を繋いだ。


「真夏、いこっ」


 そう笑かける琳音くんの笑顔は、私にも向けてほしいものなのに。どこか残念でならないのが本音だ。


「赤いレインコートかあ……」


 日光から身を守るためか。そう納得している真夏の手を引いて外へ出る琳音くんの健気さに、私は涙が思わず出そうになった。私は琳音くんのためにレッテの色々を勉強したのに、真夏というやつは……!


 煮えたぎる真夏への憎悪を隠しながらも、真夏と琳音くんと私で駅の外へ出た。


「うわっ、日差しがすごいなあ」

「これくらい普通じゃん」

「レッテは普段は家の中で生活してるの。だから太陽の強さに敏感なんだ」


 私が解説を入れると、琳音くんが真夏に微笑みかける。どこか苦味を含んだ様子で。


「まあ、真中ってこういう奴なんだ。優しくな」

「女の子にキレるほど、オレはキツい奴じゃないぞ?」

「ラインで女の子をフったって送ったのは誰だよお」


 琳音くんが真夏の手を握る。その様子を監督から渡されたiPhoneですかさず撮影する私。琳音くんはどこか恥ずかしそうにしながら顔を背ける。だが、私はその琳音くんの羞恥心が好きで、思わずそそられてしまうのだ。

 琳音くんの恥ずかしそうな顔も撮影しようと、彼の顔が向かれている方に回ろうとする。すると真夏が私の手を掴んで小さな声で言ってきた。


「やめてやれ。あいつ、カメラが苦手なんだよ」

「Youtubeに動画を上げてくれって、私に頼んだのは琳音くんの方だよ?」


 すると琳音くんが弱々しい声を上げて私に撮影を止めるように頼み込んだ。


「や、やめてくれよ……。もう動画を撮られるのに疲れたんだ……」


 ああ、私は愛しの存在を傷つけてしまった。アレックスには「レッテの日常を撮影します」と言ってはいるが、やはり動画を撮影したら琳音くんは家で見知らぬ誰かに殴られ、犯され……。その結果を招いたカメラは確かに避けたいのも必至だろう。


「で、でもレッテについて色々知ってもらえるチャンスだよ! どうして琳音くんが黒いワンピースを着ているのかとか、レッテの食事とか、日々の生活とか。そういったものを知ってもらうことで誰かを助けられるかも。むしろ琳音くんが救われるチャンスなんだよ」

「……なんで俺がこの服を着ているか?」

「うん。レッテってフォーマルな衣装はいつも黒ワンピースに白いエプロンでしょ? よく町で見るから気になってたんだ」

「その理由を動画で答えるのか……。悪くないかもな」


 そこに真夏が入ってきた。熱い日光が私たちの背中にさしている。コンクリートのどこか溶けるような臭いと日光の臭いが混じってどこか気持ち悪い。


「じゃ、じゃあ真夏が言うんだったら……。こ、この姿は戦後から続いている風習のひとつで、大事な人が来たらこの服で出迎えるんだ。KUNGARが一九五〇年代に会員たちに配布した衣装が元になっていて、葬式に出る時なんかはエプロンを外して喪服として着るんだ」

「エプロンがついてる理由は?」

「確か、人妻が家事をするときに必要としたからだったと聞いてるけど」

「へえ……。ただイギリスのメイド服をまねたわけじゃないんだね」


 私が納得していると、真夏がイギリスのメイド服について私に説明してきた。どこかオタクといったような様子で。コイツ、見た目が陽キャなのにどうしてだ……? 早口で物事を喋るし、言葉も難しくて私はついていけないぞ!


「イギリスのメイドという制度自体は一六世紀頃には既に完成していた。当時は良家のお嬢様がご主人と話したり、世話をしたりするメイド。労働者階級からできた雑用メイドの二種類だった。それが時代を経て、様々なメイドが出てくるようになったんだよ……! それにメイドとはいっても乳母や女主人の世話をする女性もメイドに含まれるわけで、彼女たちはメイドの中でも扱いが良かった。あと、メイド服は元々制服が決まっていなかった。でも主人と見分けがつかないということで家家によってメイド服が定められるようになったんだ……!」

「あーわかったわかった。ていうか何でそんなにメイドに詳しいの?」

「パメラというイギリスの小説を読んだからな。あそこまで貞操を守ろうとするメイドとオレは結婚したい!」


 そう熱弁して琳音くんの顔を見る真夏。琳音くんはうつむいて涙目になって、それから何も話せないままでいる。彼が売春をしていたことを私は知っている。だからこそ、好きな人に「貞操を守る人が好みだ」と言われたのは相当なショックだっただろう。


「俺とは遊びなわけ?」


 琳音くんの鋭い眼光が真夏をじっと見つめる。すると真夏は怯んだか、すこし立ち止まって琳音くんを抱きすくめた。


「ちげーんだよ……。違う……。勘違いしないでくれよ。オレは自分を安売りする奴が苦手なんだ。お前がまわされたのを見てからずっと、お前みたいな優しい人が好きで付き合おうとしてきた。付き合った。でもお前じゃないとダメなんだ。それに気づいてからは恋人を作ったことがない。分かってくれよ」

「……うん。俺もごめん」

「琳音……!」


 そう言って琳音くんは後ろの真夏を振り返った。彼は真夏の鍛えられた腕に触れて楽しんでいる。汗ばんだその腕を人形の腕のように楽しむ琳音くんの笑顔はどこか悪魔めいている。その笑顔を優しく見つめる真夏は強い。現に私は怖くて仕方がないのに、真夏は琳音くんの全てを受け入れているのだ。


「真夏、成長したね。こんなに腕を鍛えて、立派な男らしい体になっちゃって……」

「お前こそ身長が伸びたな。でも声はあんまり変わってないみたいで驚いちまったぜ」

「あはは」


 笑う琳音くんと真夏に、私はカメラを向けて動画を撮る。簡単にできる仕返しとして行ったわけだが、これをYoutubeにアップすることでレッテと人間が愛し合うとどうなるかを伝えることにもなると思う。


「さっ、播磨さん宅に着いたよ! イチャイチャタイムもここまでにして」

「あっという間だったな。しかしまあ、何で監視が入ってるとはいえ、琳音の家はダメなんだ?」


 すると琳音くんが爪先立ちして、真夏に耳打ちした。


「……KUNGARがカメラを仕掛けてるから」

「そういうことか……。闇が深いな、レッテ社会は」

「うん」


 ピンポンとベルを鳴らすと、そこにはおめかしをした香澄さんが立っていた。色の白い頬に赤い紅をさして、唇は桃色のリップで塗っている。彫りの深い顔にはラメがあちこち付いていて、どこかお洒落を楽しんでいるようだ。


「ああら、ずいぶんとカッコいい男の子じゃない。琳音の彼氏? 奪っちゃおうっかなあ……」

「奥さんもとても若々しくて綺麗だ。でもオレは琳音一筋なんで」


 すると香澄さんはどこか残念めいた様子でうつむいて、頬に手を当てる。


「そっかあ、残念ね……。でも、琳音の心の柱になってくれてありがとう。この子、先生とあなただけが生きる支えだったの。いつ死ぬか分からなかったの。この子とは十六歳の時に付き合いがあったけど、この町で再会した時は弱々しくて、涙を流して、いつ死ぬか分からなかった。リストカットをして、トイレで吐いて……。だから、ここにあなたがいて本当によかった。真中ちゃんもありがとう……」


 香澄さんが笑いながら涙を流すと、彼女はハンカチで涙を拭いて我が家へ私たちを上がらせてくれた。家は新築だからか、木の匂いが漂ってきてどこか森林にいるような空気を醸し出してくる。


 二階の部屋に空き部屋が一つある。香澄さんや拓也さんはその部屋をゲストルームとして使っている。真夏は今回、その部屋をあてがわれたわけだ。

 白い遮光カーテンで光を遮ったその部屋は、電気をつけると青い掛け布団がダブルベッドの上にかけてある。そこから見れるように、大きなテレビが白い壁にかけてあってNetflixやAmazonプライムも見られるようになっているのだ。


 いつも私の母が売る米が高いと嘆く播磨家の夫婦だが、東京のイベントで稼いでいるだけあって家にあるものは立派だ。ブラジル人は見栄っ張りだと誰かが言ったが、日系ブラジル人である香澄さんはその通りである。


 派手な化粧をして、胸元を大きく開けたキャミソールをブラジャーを付けずに着ている。服越しに乳首が浮かんでいても気にしない。これが播磨香澄という女だ。


「……何か着た方がいいっすよ」


 そう真夏も呆れた様子で口にする。だが彼の瞳は完全に香澄さんの胸に行って、琳音くんもそれを察してか真夏を睨みつけている有様だ。


「そうね。何か着てくるわ」


 そう彼女は口にすると、自室へ消えていった。大きな胸が遠かっていくのを真夏が見ていると、今度は彼は、私の胸をじっと見つめる。白いシャツからも分かるほどに汗ばんだ大きな球体が二つ、私の胸に付いている。その胸を見つめている真夏は普通の男子高校生の姿をしていた。


 本当に好きな琳音くんにはないそれをじっと見つめて、彼は私にぶっきら棒に言い放った。


「お前、何カップ?」

「Fカップ。でも最近はブラのサイズが合わなくてね……。また大きくなったみたい」

「……ふーん。琳音は胸は無いけど、やっぱりロリータだよなあ。ドロレス・ヘイズみたいな」

「俺って男だしギリ少年だから金田正太郎だと思ってたけどなあ。ショートパンツを履くとよく電車で痴漢されたぜ?」

「香澄さんや私の胸が大きいから、さっきはずっとしっかり見てたよね。琳音くんには胸は無いけど……」

「じゃあ、風呂から上がったら脱いでみるか。なあ琳音、夜になったら動画に収めてみようぜ。レッテと人間が愛し合う姿をな」

「胸を見るノンケがよく言うよなあ……。まあ、でもいいぜ」


 そう琳音くんは笑って真夏に言い返した。


「ああ。風呂に入るところから、しっかり愛し合おうぜ。なあ真中、そのiPhoneは防水か?」

「う、うん……」

「じゃあ風呂場で撮影するか」

「そうだね」


 琳音くんがうなずくと、真夏はそのままニヤけて琳音くんの胸を揉んだ。立ちながらすこし喘ぐ琳音くんの声には色と艶があってなかなか色っぽい。


「ん……、ひやっ!」

「ほらほら琳音、男だって乳首は付いてるんだぞぉ? 後でしっかり調教してやるから、覚悟してろよお?」

「そんなこと言われたって……、んっ!」


 二人のこの姿を見続けるのは正直いって胸がすかない。私は今日はそそくさと退散して、真夏にiPhoneを渡してアレックス監督の言うことだけを伝えた。


「一日を記録し終えたら、必ずこのアドレスに動画を送ってね?」

「オーケー」


 真夏はグッドとジェスチャーをして私に笑いかける。その笑いを無視するように、私はそのまま一階へ降りて家へ帰った。

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