第21話 取り戻したもの
それから家に帰ると、母親が激昂して私に怒鳴りつける。
「ちょっとあんた! 何やってんの、こんなことしてたんだね……」
それから私は母の叱りを無視して二階へ上がる。朝からずっと止まらない通知音をBGMにして、琳音くんの着ていたワンピースに着替えた。
ピコン、ピコン、ピコン……。止まらない通知音だが、朝はあんなに怖いものだったのに、だんだん慣れ始めて一気に愛着の持てるものになってしまった。どうしてだろう。
好きな人の着ていたものを身に纏いながら、好きな人に関する話題で盛り上がるタイムラインの中でつぶやきをする。
『今さっき、トイレで投稿した動画は琳音くんと二人だけで撮りました』
そうつぶやくとリプがすぐに付いてくる。
『動画見ました! トイレの中ってエッチでもしたんですか?笑』
『セックスしたあとに動画撮ったんやろ? 余裕やな、お前ら』
『初めてこの動画であなたを知りました。声も透き通っていて可愛いし、顔も外国人みたいですね。ハーフなんですか?』
こんなクソリプの中に、あおというアカウントからのリプライがあって、その内容が特に印象的だった。
『真夏って俺の親友やん。確かこの事件の後でインポになったんだよな』
えっ、今なんとおっしゃいました? それでこのあおのアカウントを調べると、真夏の写真も丁寧に添えられていた。どこか明るくて優しそうな好青年だ。私はこっそり真夏と思しき写真を保存して、琳音くんのラインに送ってみる。
するとすぐに返事が来た。
『真夏?!』
どうやら、琳音の中の真夏によく似ているらしい。いや、面影があるようだ。私はそのままあおというアカウントにコンタクトを取った。
『初めまして。もしかして真夏くんって大津の事件の真夏くんですか?』
『そうですよ。よかったらDMにいきましょう』
『分かりました』
どうやら真夏は現在滋賀県内の高校に通っており、あおさんとは中学の時から親友だったようだ。とりあえず証明として生徒証と本人の写真を見せてもらった。これは本物で間違いないな。
『真夏にこの動画見せたら、泣いてましたよ。なんでこんな傷だらけなんやって』
『あれは襲われたそうなんです。とりあえず真夏くんと琳音くんをネットだけでも再会させたいので、IDかQRコードを持っていませんか?』
『真夏に許可を取らないといけない。ちょっとまっててな……』
それから数十分、私はYouTubeで動画を見たり、地元にあった廃線のことを調べたりしながら暇を潰していた。するとあおのアカウントで、真夏と思しき人が私に話しかけてきた。
『琳音の傷、あれは何ですか? 俺は加藤真夏です。動画に名前の上がった人間です』
そこにはQRコードが添えられていた。私はさっそく琳音くんにそのQRコードの画像を送りつける。
数分して、琳音くんが私にお礼を突如ラインで言ってきたので何があったのか心配になった。
『真夏と繋がれた……! ありがとう』
よかった。これで遠くにいる真夏と会話できるね。私はそれだけ書いてふて寝した。
それからというもの、琳音の会話の中に真夏が入り込むようになった。
「真夏ったら秋山さんとかいう女子の告白を断ってさあ……」
「真夏がお父さんと喧嘩したって。かなりの大喧嘩だったらしいよ」
口を開けば、真夏、真夏、真夏……。私は琳音くんのためになるならと思って動画を撮った。そのためにたくさん叩かれたし、辛い気分にもなった。せめて真夏と琳音くんの間に入れたらなあ。
そう思いながら日々を過ごしていると、琳音くんがある日喜びの電話をかけてきた。本人はかなり舞い上がっていて、どこか夢見心地のようだ。
「な、なにがあったの?」
「聞いてくれよ真中! 真夏が夏休みを使ってここに遊びにきてくれるって! 夏休みまであと何日なんだろう……?」
「それまでの日数を数えられるようになったんだね。おめでとう」
「ああ! やっと明日が見えるようになったよ……! ありがとう、真中」
「おめでとう」
「ありがとう! じゃあな、真中。おやすみ」
「おやすみ」
電話を切って、私は琳音くんにも明日が見えるようになった喜びと反面、真夏が遊びにくるという、どうしても避けたかった事実の間に挟まれて心が苦しくなった。
琳音くんと真夏の間に、せめて私も入りたい。そう思いながらどうすればいいかを考える。すると、アレックス監督からラインが来ていた。
『ちょっと! 何やってんのよ!』
『すみません……』
『スマホは返して。あんたと関わって損した』
そういえば日常を撮影するためのスマホだったな。私の脳内に架空の電球が光る。
「これだ!」大声で叫びながら脳内がぱあっと腫れたような気分を久しぶりに味わう。
『琳音くん、思い人と再会するそうです。その時の撮影に使わせてください』
『いつ?』
『夏休みだそうです。詳しい日程は分かりませんが……』
『仕方ないわね。夏休みの間は貸してあげる。その代わり、動画は私に編集させてね』
『了解しました!』
琳音くんにも日常動画を撮ることを伝えようとラインを開く。さっきまで喜んでいたのに、いきなりそこへ突き落とすような言葉をかけるのは辛いが、仕方がない。
『琳音くん、真夏が来たら真夏との動画を日常的に撮って、って監督が』
その返信はどんなものが来るだろう。固唾を飲んでスマホの前で見守っていると、ピコンと通知音が鳴る。その返信は素っ気ないものだったが、私にとって実に都合の良いものだった。
『いいよ』
よし、これで勝つ! 私はガッツポーズをしながら勝利の雄叫びをあげた。母親にうるさいと叱られるまでいくらでも叫び続けた。よかった。これで私は琳音くんと真夏の間に入れる。
それにしても、二人はどんなことを話しているのだろう。そんなことも疑問に思いながらとうとう土曜日の昼、真夏が藤峰駅へ降り立った。
これからどうなるやら。私は監督のスマホを持ちながらその瞬間を写真に収めた。
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